岩渕 公一(いわぶち こういち、1955年 - )は、岩手県出身の日本の柔道家。 1955年、岩手県東磐井郡藤沢町(現在の一関市)の農家のもとに生まれる。身体が大きく周囲からの勧めもあり、中学校から柔道に励む。岩手県立藤沢高等学校でも柔道部に所属し、国士舘大学へ進学した。卒業後に国士舘高校に保健体育教員として赴任。1978年に国士舘高校が後のロサンゼルスオリンピック及びソウルオリンピック95kg超級金メダリスト斎藤仁などの活躍でインターハイ団体戦で2連覇した際には、病を患った川野一成に代わって代理監督を務めた。その後、復帰してきた川野が国士舘中学の柔道部監督、岩渕が高校の監督を務める分業体制が確立して、中学高校の一貫指導が本格化していった(川野は中学及び高校の柔道部総監督も兼任)。
出典:ウィキペディア「岩渕公一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
