有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
原

原裕

はら ゆたか
Wiki ↗

原 裕(はら ゆたか、1930年10月11日 - 1999年10月2日)は、茨城県出身の俳人。本名・昇。旧姓・堀込。原石鼎に師事、石鼎の死後、夫人原コウ子の養子となり、コウ子のあとを継いで「鹿火屋」を主宰した。 真壁郡大田村(現・筑西市)生まれ。農家の長男であった。1943年、茨城県立下館商業学校に入学。1947年、下館第一高等学校工業科2年に編入。県内高校生投句誌「はいく」に処女作が掲載される。同年、書店で「鹿火屋」を見て入会、投句をはじめる。のち「朝霧」「かびれ」「ひろば」にも参加。1949年、商工省へ入省。明治大学二部商学科へ進学。また鹿火屋東京句会に参加、「鹿火屋」編集部員となる。1951年、原石鼎の通夜の席上で、石鼎夫人の原コウ子に養子縁組を懇請され、承諾(実際にはその半年前から打診があり、郷里の親族会議を経て決断を保留していたものだった)。

出典:ウィキペディア「原裕」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋