朴 炫洙(パク・ヒョンス、박현수、1922年8月4日 - 2009年11月14日)は、大韓民国の軍人。最終階級は陸軍少将。 全羅南道出身。上智大学在学中、学徒出陣して陸軍航空隊に配属。終戦時少尉。 帰国後、軍事英語学校を卒業し、参尉に任官(軍番105番)。1951年3月、第35連隊長。砲兵戦力の強化人員として「16人の砲兵将星」の一人に選抜され、光州砲兵学校で3か月の基礎訓練を受けたのち米国に留学、帰国後は首都師団砲兵団長を経て第2軍団砲兵団長、第2師団長。1955年6月より再度渡米し、米陸軍指揮幕僚大学に留学。帰国後は連合参謀本部第1部長、第20師団長、第6軍団(朝鮮語版)副司令官、第1軍管区司令官、第5軍管区司令官を経て1960年、朴正煕の後任で釜山の陸軍軍需基地司令官になった。
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