米原 正博(よねはら まさひろ、1932年(昭和7年)7月30日 - 2009年(平成21年)10月19日)は、日本の実業家。日ノ丸総本社会長、鳥取商工会議所会頭などを務めた。 鳥取県八頭郡智頭町出身。 1955年、成城大学経済学部卒業後、日本生産性本部に勤務。1961年日本青年会議所専務理事。1969年日本オリンピック委員会副会頭、のち会頭。 1976年、日ノ丸総本社の社長に就任し、日ノ丸自動車、鳥取大丸などグループ各社の経営にあたった。1990年から13年間にわたって鳥取商工会議所会頭を務め、JR山陰本線の高速化や鳥取環境大学の開学に尽力した。 2009年10月19日死去。死因は非公表。翌20日に、近親者による密葬を経て、11月25日、社長でもあったホテルニューオータニ鳥取で「お別れの会」が行われた。
出典:ウィキペディア「米原正博」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
