赤沢 正道(赤澤 正道、あかざわ まさみち、1907年(明治40年)7月26日 - 1982年(昭和57年)1月20日)は、日本の実業家、政治家。赤沢組会長。自治大臣兼国家公安委員長。 山陰労災病院の誘致、国道9号の拡幅、美保基地周辺の民生安定事業など、郷土に残した足跡は多い。衆議院議員で、経済産業大臣などを務める赤沢亮正は孫。 鳥取県米子市西倉吉町に生まれた。父・康平は、徳島県出身の土木建築業。旧徳島藩士である。明治30年代から始まった山陰本線の建設に参加するため米子に進出、業界のリーダーとして業績を積み上げた。 また康平は、邸内に造った弓道場で毎朝弓を引いたといわれ、赤沢家は市民から一目置かれる家庭だった。
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