小野 喬(おの たかし、1931年(昭和6年)7月26日 - )は、体操競技の元オリンピック選手、元鹿屋体育大学教授。秋田県能代市出身。旧制秋田県立能代中学校(現在の秋田県立能代高等学校)、東京教育大学体育学部、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。現役時代は「鬼に金棒、小野に鉄棒」と呼ばれたことで知られる。全日本体操競技選手権の個人総合で7回の優勝を誇り、オリンピックでも4大会連続で出場し、金メダル5つ、銀メダル4つ、銅メダル4つを獲得した。 東京教育大学では久保田正躬と学生寮で相部屋だった。同大学1年の時に高校教師だった父親を亡くす。同大学3年の時に1952年ヘルシンキオリンピックに出場し跳馬で体操競技では日本初となる銅メダルを獲得。
出典:ウィキペディア「小野喬」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
