須永 徹(すなが とおる、1950年〈昭和25年〉2月14日 - 1991年〈平成3年〉11月23日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。 群馬県太田市出身。足利大学附属高等学校を卒業。1971年群馬大学工業短期大学部卒。富士重工に入り、その後衆議院議員小川省吾の秘書を務めた。太田中小企業労務協会理事長、自治労群馬県本部特別執行委員、日本社会党太田総支部書記長、同党群馬県副委員長を経て、1990年の総選挙で旧群馬2区から立候補して初当選。その前の第38回衆議院議員総選挙では落選している。 しかし在職中の1991年11月23日、群馬県桐生市内の知人の結婚披露宴に出席し祝辞を述べた直後に倒れ、近くの大間々町の恵愛堂病院に搬送されたが、30分後に死亡した。
出典:ウィキペディア「須永徹」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
