安 龍大(アン・ヨンデ、朝鮮語: 안용대、1912年または1913年1月13日または1915年 - 1999年5月6日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国の官僚、政治家、弁護士。泗川郡・咸安郡・昌原郡・居昌郡郡守、第2・4代韓国国会議員を歴任した。 本貫は順興安氏(朝鮮語版)。号は南史。 日本統治時代の慶尚北道慶州郡(現・慶州市)出身。1940年、中央大学法学部卒。1941年に高等文官試験行政科合格し、朝鮮総督府属、咸鏡南道属として泗川郡・咸安郡・昌原郡・居昌郡守を務めた。解放後は総務処人事局銓叙課長、国会内務委員会専門委員、国務院事務処人事課長、居昌厚生協会長、社会教育協会長、居昌オリンピック後援会会長、山林会支部長などを務めた。
出典:ウィキペディア「安龍大」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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