秦 明友(はた めいゆう、1905年(明治38年)4月22日 - 1983年(昭和58年)12月10日)は、日本の政治家。埼玉県大宮市(現・さいたま市)長(第8代 - 第12代)。旧姓・安藤。元埼玉県議の秦哲美は長男。さいたま市議の西山幸代は孫。 埼玉県北足立郡馬宮村(のち大宮市、現・さいたま市西区)に生まれる。のち、秦家の養子となる。1925年(大正14年)鉄道省大宮工場(現・大宮総合車両センター)に入る。1932年(昭和7年)中央大学法律学科卒。 戦後、日本社会党に入る。国鉄労働組合大宮工場支部書記長、社会党大宮支部長、同党埼玉県本部財務委員長などを経て、1951年(昭和26年)埼玉県議会議員に当選し、2期務める。
出典:ウィキペディア「秦明友」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
