藤井 啓一(ふじい けいいち、1868年1月7日〈慶応3年12月13日〉 - 1953年〈昭和28年〉6月18日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(山口県第一区選出、当選3回)。 山口県厚狭郡厚東村(現在の宇部市)出身。山口県平民・藤井仁介の長男。初等学を寺子屋に学び、のち漢学を修める。 1890年(明治23年)、東京法学院(現在の中央大学)を卒業。法学博士・江木衷の門下生となり、薫陶を受け、弁護士試験に合格。その後、下関市に事務所を開いた。弁護士の業務に従事。山口県弁護士会会長、山口県会議員、下関商業会議所特別議員・同顧問などに選ばれた。 1920年(大正9年)、第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。
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