森 肇(もり はじめ、1864年7月10日〈元治元年6月7日〉 - 1927年〈昭和2年〉1月23日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(中央倶楽部、当選3回)。族籍は愛媛県士族。 現在の愛媛県松山市柳井町で生まれた(原籍は同県温泉郡朝美村)。伊予国松山藩士である。小学校を卒業して松山中学校に通学したが1881年、同校を中退して大阪、東京に出て法律学を専攻した。英吉利法律学校(のち東京法学院、現・中央大学)で学び、法政二科を修めた。 1884年、代言人試験に合格した。いったん帰国したが、ふたたび東京に出て代言事務を開業した。また、自由党員になった。後「感ずる所」あって同党を退き、内地雑居尚早会を起し、更に大日本協会が起ると共にその党員に列し拡張に尽瘁する所があった。
出典:ウィキペディア「森肇 (愛媛県の政治家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
