相磯 慥(あいいそ まこと、1858年3月20日〈安政5年2月6日〉 - 1929年〈昭和4年〉8月18日)は、日本の医師。宮中顧問官。 東京府出身。小柴家に生まれ、相磯格堂の養子となった。のち格堂の娘・正子と結婚。1882年(明治15年)、東京大学医学部を卒業し、岐阜県立医学校長・附属病院長ののち、ドイツに留学。1888年(明治21年)に侍医となった。専門は産婦人科。1924年(大正13年)に侍医を辞し、宮中顧問官に就任した。 食品微生物学者の相磯和嘉、永井荷風の側近の相磯凌霜は、義理の甥に当たる。
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