秋田 大助(あきた だいすけ、1906年(明治39年)1月14日 - 1988年(昭和63年)11月29日)は、昭和期の政治家。衆議院議員(12期)、自治大臣(第17代)、法務大臣(第27代)。父は衆議院議長を務めた秋田清。「策士」と称された父親と対照的に、地味で穏健な学究肌の政治家であった。 徳島県三好郡足代村(現東みよし町)に生まれる。旧制高知高等学校を経て、1932年(昭和7年)東京帝国大学法学部経済学科を卒業、東邦電力に入社する。戦前は実業界で活躍し、西樺太商事取締役、土佐電気専務取締役、大阪プレス製作所専務取締役、松本鋳造鉄工所専務取締役、田中鉄工所取締役社長、太陽通商取締役、日東海運産業取締役、日東自動車監査役などを務めた。
出典:ウィキペディア「秋田大助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
