雨宮 育作(あめみや/あまみや いくさく、1889年(明治22年)11月5日 - 1984年(昭和59年)2月14日)は、日本の水産学者である。妻は「つ祢よ」。長兄は山梨英和女学校(現山梨英和学院)校長・理事長を務め,日下部村長・日下部町長にもなった雨宮敬作。次兄は海軍兵学校第 33 期で,戦艦霧島・戦艦日向の砲術長等を務め,海軍大佐を務めた雨宮厚作。敬作の上に,長女「くま」,三女「と美」,四女 「まさじ」がいる。 山梨県東山梨郡日下部村(現山梨市)に,日下部村会議員を務めた父「景通」と母「じつ」の四男として生まれる。東京帝国大学農科大学(現在の東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部)に入学し、1914年(大正3年)に卒業。
出典:ウィキペディア「雨宮育作」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
