荒木 寅三郎(あらき とらさぶろう、慶応2年10月17日〈1866年11月23日〉 - 1942年〈昭和17年〉1月28日)は、日本の医学者。京都帝国大学総長、学習院長や枢密顧問官を歴任した。号に鳳岡。 慶応2年(1866年)に上野国碓氷郡板鼻宿(現・群馬県安中市板鼻)に、儒医・荒木保爾の次男として生まれた。長子の夭折により戸籍上は長男として育つ。1873年(明治6年)板鼻学校(現・安中市立碓東小学校)が開校されると8歳から11歳まで学んだ。11歳の時に上京し萩原西畴の塾に学ぶ。1882年(明治15年)東京大学医科大学別課医学科に入学。1887年(明治20年)同課を卒業後、郷里で医師として開業した。
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