石丸 重美(いしまる しげみ、文久4年1月14日(1864年2月21日) - 大正12年(1923年)10月18日)は、日本の鉄道官僚、工学博士。貴族院勅選議員。 豊後国臼杵城下(現在の大分県臼杵市)に臼杵藩士石丸袈裟蔵の長男として生まれる。幼名は袈裟次郎。慶応2年1月14日、7歳の時に漢学者の菊川南峰から教えを受ける。8歳で重美に改名。南峰と共に各地を遊学し、11歳で帰郷し、藩校に入学した。1876年から洋学を志し、南峰の反対や家計の問題があったが、母に嘆願し学費を貰いなんとか上京した。 同郷の荘田平五郎の家に寄宿し、1884年(明治17年)、三菱商業学校に入学するが間もなく廃校となったため、神田区の共立学校に転じた。
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