市瀬 恭次郎(いちのせ きょうじろう、1867年7月24日(慶応3年6月23日) - 1928年(昭和3年)8月15日)は、明治から大正時代の土木工学者、内務技監、大日本帝国陸軍軍人。 市瀬亨介の次男として丹波国多紀郡(現丹波篠山市)に生まれ、1893年(明治26年)3月、分家する。1890年(明治23年)7月、帝国大学工科大学土木科を卒業し、工学士の称号を得る。1911年(明治44年)工学博士。同年、内務省土木監督署に出仕し、技師試補を拝命。さらに12月には陸軍志願兵となり日清戦争に従軍。1892年(明治25年)8月、陸軍歩兵少尉に進む。1893年(明治26年)11月、土木監督署技師に任じ、広島土木監督署在任中に児島港築港事業に従事した。
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