岩井 一成(いわい いっせい、1916年4月6日 - 1996年1月22日)は、日本の薬学者、薬化学者。父は医学者の岩井誠四郎。 東京出身。1941年(昭和16年)東京帝国大学医学部薬学科を卒業後、同年4月東京帝国大学医学部に奉職、その後4年間にわたる海軍短期現役勤務を経た後、1946年(昭和21年)1月同大学医学部薬化学教室副手に復職、落合英二教授のもとで戦後の薬化学教室の再興に当り、同教室の中心テーマであったヘテロ環化学の発展に貢献した。 1951年(昭和26年)から5年間助教授として九州大学薬学科の建設に参画、津田恭介教授を助けて薬化学教室の基礎を築いた。 1956年(昭和31年)に退職して、三共に入社。
出典:ウィキペディア「岩井一成」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
