梅津 清中(うめつ せいちゅう、1854年11月5日(安政元年9月25日)- 1940年(昭和15年)7月27日)は、日本の政治家。元山形県南村山郡上山町長。 山形県南村山郡上山町(現上山市)出身。上山藩医の梅津清明の三男として生まれる。幼少の頃、上山藩の漢学者浅野普平から漢学を学ぶ。1870年(明治3年)から、東京帝国大学東校に学ぶ。 1880年(明治13年)8月に山形県議会議員改選に初当選、1884年(明治17年)5月満期退任。1899年(明治42年)3月に山形県議会議員補欠選挙に当選、1901年(明治44年)9月満期退任。1923年(大正12年)6月8日から1926年(大正15年)7月22日まで上山町長を務めた。
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