大澤 三之助(おおさわ さんのすけ、1867年7月22日(慶応3年6月21日) - 1945年(昭和20年)7月26日)は、日本の建築家。東京美術学校等で後進を指導した。 江戸(現東京)麻布生まれ。父・大沢昌督は町医者で、維新後、陸軍の薬剤官となる。18歳の時、尾崎紅葉らの硯友社が創刊した「我楽多文庫」の挿絵を描いた。1891年、第一高等学校卒業、東京帝国大学工科大学造家学科に進み、1894年卒業。卒業後、1年志願兵として兵役に就く。 1897年3月、東京美術学校図案科講師、1902年12月、図案科二部(建築装飾)の教授に就任。また、1899年 - 1904年は東京帝国大学で講師を務めたほか、1905年には陸軍歩兵大尉となる。
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