岡崎 文次(おかざき ぶんじ、1914年(大正3年)7月7日 - 1998年(平成10年)7月23日)は、日本の技術者。富士写真フイルム在籍時の1956年、ほとんど独力で国産初のプログラム記憶方式のコンピュータ「FUJIC」を開発した。 富士写真フイルム退職後、日本電気(NEC)を経て、専修大学経営学部が情報教育開始のため「情報管理学科」を設置する際に、初代教授として招聘された。 「科学朝日」1948年8月号のSSEC(Selective Sequence Electronic Caculator)の記事とグラビア写真を見て計算機の実現可能性を信じたことが、岡崎文次のFUJIC開発の動機である。
出典:ウィキペディア「岡崎文次」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
