織田 秀実(おだ ひでざね、1875年(明治8年)6月11日 - 1907年(明治40年)4月1日)は、明治時代の華族。尚長流織田家14代当主。 大和柳本藩13代藩主織田信及の次男。夫人は久邇宮朝彦親王の九女純子。子は織田信一(長男)、織田長利(次男)ら4男1女。官位は従四位。爵位は子爵。 1889年(明治22年)10月11日、家督を相続して子爵に叙される。1899年(明治32年)7月、学習院高等学科を卒業する。1901年(明治34年)11月、久邇宮朝彦親王の九女純子と結婚する。1903年(明治36年)、東京帝国大学法科大学を卒業する。1907年(明治40年)4月1日死去、享年33。 秀実の死後、信一が継ぐも夭折したため、弟の長利は1904年生で子爵を継承し、1909年に相続、長男に長功(1930年生)を儲けたのち1961年に死去、しかし長功の一人娘の彰子(1966年生)は2008年に死去し長功自身も2016年に死去したため、男系および尚長流織田家は断絶した。
出典:ウィキペディア「織田秀実」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
