柿沼 竹雄(かきぬま たけお、1868年 8月20日(慶応4年7月3日) - 1951年(昭和26年))は、日本の文部・内務官僚。官選県知事。 下野国都賀郡鹿沼町(現栃木県鹿沼市)出身。今宮神社社家・柿沼雅雄の長男として生まれる。祖父、日光二荒山神社宮司・柿沼広身の薫陶を受けた。柿沼の教育のため一家で東京に移住。 第一高等学校を経て、1898年、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。文部省に入省。1900年11月、文官高等試験行政科試験に合格した。 1901年4月、福島県視学官に就任。以後、徳島県視学官、同県事務官、宮崎県事務官・第一部長兼第三部長、山梨県事務官・内務部長、岩手県内務部長などを歴任。
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