稲川 東一郎(いながわ とういちろう、1905年〈明治38年〉10月25日 - 1967年〈昭和42年〉4月18日)は、福島県生まれの高校野球指導者。旧制群馬県立桐生中学校(現・群馬県立桐生高等学校)卒業。愛称は「桐生のとうちゃん」。 1905年(明治38年)、福島県棚倉町に生まれる。1915年(大正4年)に群馬県桐生市へ移り住む。父・藤吉は桐生市会議員、群馬県会議員、桐生中央信用金庫初代理事長などを務めた。 1921年(大正10年)、旧制桐生中学4年生の時に硬式野球部を創設した。1923年(大正12年)に卒業したのち、同校野球部の指導に当たる。自宅を野球道場に改築し、テニスボールによる打撃練習、先進的なウエイトトレーニングの導入、バント・盗塁を駆使する戦術を導入。
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