加藤 寛嗣(かとう かんじ / ひろつぐ、1920年(大正9年)9月26日 - 2002年(平成14年)3月17日)は、第14代四日市市長。三重県四日市市塩浜地区馳出町出身。 三重県四日市市の旧家の加藤寛の長男で、三重県知事の田中覚は従兄弟であった。ハワイ州で生まれた。1944年(昭和19年)9月に東京帝国大学経済学部を卒業し、津海軍工廠に配属され終戦を迎えた。1945年(昭和20年)11月、三菱銀行に入行した。1946年(昭和21年)4月、日本肥料株式会社四日市工場に転じた。東海瓦新化成株式会社、三菱油化株式会社旭工場総務部長を経て、1967年(昭和42年)12月に三菱油化を退職した。 その間、1947年(昭和22年)に四日市市議会議員に当選し、以後12年間に各委員長、副議長を歴任した。
出典:ウィキペディア「加藤寛嗣」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
