有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
川

川島純幹

Wiki ↗

川島 純幹(かわしま すみもと / じゅんかん、1863年12月12日(文久3年11月2日)- 1920年(大正9年)10月25日)は、日本の教育者、内務官僚。師範学校長、県知事。玄洋社社員。旧名・甚太郎。 筑前国出身。川島計の長男として生まれる。1886年(明治19年)、帝国大学法学部を卒業。1892年(明治25年)2月、鹿児島高等中学造士館教授に就任し、同年12月、同舎監を兼任。1893年8月、佐賀県尋常師範学校長となり、さらに奈良県尋常師範学校長を務めた。 1897年(明治30年)5月、内務省に転じ滋賀県参事官に就任。以後、三重県警察部長、佐賀県・大分県・千葉県・鳥取県の各書記官、和歌山県事務官・第一部長兼第三部長などを歴任。

出典:ウィキペディア「川島純幹」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋