川副 隆(かわそえ たかし、1889年(明治22年)4月8日 - 1962年(昭和37年)8月2日)は、大正から昭和期の実業家・政治家。衆議院議員。 長崎県西松浦郡伊万里町(現伊万里市)で、政治家川副綱隆の長男として生まれる。1915年(大正4年)東京帝国大学法科大学政治学科を卒業した。 三菱商事に入社。漢口出張所長、船舶部長代理、漢口日本居留民団行政委員などを歴任。その後、海運業に従事し、神戸会陽汽船取締役、大阪静鉱業取締役、佐世保親和銀行取締役、佐世保運輸取締役、西肥菱油取締役、川副商会社長、日東燃料社長、九北運輸社長、丸三肥料社長、佐世保魚市場社長、佐世保製氷冷蔵社長などを務めた。 1937年(昭和12年)4月、第20回衆議院議員総選挙(長崎県第2区、立憲民政党公認)で初当選し、1942年(昭和17年)4月の第21回総選挙で翼賛政治体制協議会の推薦を受け出馬して再選された。
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