木暮 洋(こぐれ ひろし、1960年8月8日 - )は、日本のアマチュア野球選手。 桐生市立相生中学校時代は目立つ選手ではなく、群馬県立桐生高等学校入学後も野球を続けることにためらいがあるほどであった。特に同期だった阿久沢毅は県大会優勝投手であり、誰も木暮に期待をする者はいなかったという。 しかし、関口信行監督の合理的な指導と1927年夏に桐生中学(現桐生高等学校)を初めて甲子園に導いた大先輩・阿部精一の技術的な指導とによって着実に力をつけ、エースに成長。 1977年、2年生の夏は県ベスト8に留まるものの、秋大会で県優勝を果たし関東大会出場。関東でもベスト4まで勝ち進み12年ぶりの甲子園出場(翌年春の選抜)を果たす。
出典:ウィキペディア「木暮洋」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
