越川 彰(こしかわ あきら、1884年(明治17年)5月13日 - 1970年(昭和45年)1月14日)は、大日本帝国陸軍軍人、医師。最終階級は陸軍軍医中将。位階勲等は正四位勲三等。 千葉県出身。1912年(明治45年)、東京帝国大学医学部を卒業し、6月29日に陸軍二等軍医に任官された。1915年(大正4年)6月、陸軍一等軍医に進み、1919年(大正9年)9月時点で陸軍軍医学校副官の任にあった。1921年(大正10年)4月、陸軍三等軍医正に進級し、1923年(大正12年)9月時点で鉄道第2連隊附であり、1924年(大正13年)9月時点で善通寺衛戍病院附に転じた。1925年(大正14年)3月に陸軍二等軍医正に進級し、9月時点で佐倉衛戍病院長兼歩兵第57連隊附に就任し、1926年(大正15年)12月に龍山衛戍病院附に転じた。
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