佐伯 孚治(さえき たかはる、1927年12月15日 - 2018年1月13日)は、日本の映画監督、演出家。 東京府東京市本郷区西片町(現在の文京区西片)出身。旧制・開成中学校から旧制第四高等学校を経て、東京大学文学部仏文科卒業。1954年に東映入社。東映東京撮影所の助監督として田坂具隆に師事し、1964年に『どろ犬』で監督デビューする。しかし1965年、労働争議に参加していた佐伯は社長大川博の逆鱗に触れ、テレビ映画製作専門の別会社・東映東京制作所に異動した。その後、数人のスタッフとともに「目黒PR分室」に配属となり、実質的に現場で仕事が出来ない状態になっていた。 1966年、佐伯の置かれた状況を心配した同期の脚本家・鈴木尚之の計らいもあって、『渥美清の泣いてたまるか』(製作国際放映)を監督。
出典:ウィキペディア「佐伯孚治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
