酒井 忠克(さかい ただたえ、1883年〈明治16年〉11月2日 - 1939年〈昭和14年〉6月17日)は、日本の宮内官僚、政治家、華族。貴族院伯爵議員。 東京府出身。伯爵・酒井忠道の二男として生まれる。1906年(明治39年)学習院高等科を卒業し、さらに東京帝国大学法科大学を修了。父・忠道の死去に伴い、1920年(大正9年)3月10日、家督を相続し伯爵を襲爵した。 1914年(大正3年)以降、主猟官、式部官兼主猟官、中央失業対策委員会委員などを務めた。 1925年(大正14年)7月10日、貴族院伯爵議員に選出され、研究会に属して死去するまで在任した。
出典:ウィキペディア「酒井忠克」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
