佐藤 哲郎(さとう てつろう、1920年1月5日 - 2004年1月23日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。福島県出身。 1941年(昭和16年)東京帝国大学法学部を卒業。この時に高等試験司法科に合格していたが、いったん三菱信託に入社。その後に陸軍に召集され、4年間中国戦線で軍隊生活を送った。 復員した後は同社に戻り、宝くじの街頭販売を経験したこともある。しかし、国民主権の日本国憲法下で新しくスタートした司法制度に魅力を感じて司法研修所に入り、卒業は1949年(昭和24年)で司法修習生の第1期生となった。 修習を終えてすぐに弁護士登録をした。しばらくはイソ弁(居候弁護士)を経験した。その時に手がけた婦女暴行事件の弁護で一、二審は無期懲役判決が出ていたが、判決の事実認定を詳細に点検すると、伝聞証拠、しかもあやふやな内容が多いことを見つけ、そこをついた弁護を行った結果、最高裁で認められて差し戻しとなり、最終的に無罪となった。
出典:ウィキペディア「佐藤哲郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
