塩田 広重(しおた ひろしげ、旧字: 鹽田 廣重。1873年10月14日 - 1965年5月11日)は、日本の外科医。貴族院勅選議員、日本医科大学学長。 1872年、京都府宮津市で誕生。1888年、大阪の第三高等学校予科の試験に合格するも、東京の一高を目指すために退学。上京し、駿河台にあった予備校の成立学舎にて学び、坪内逍遥らに学ぶ。1890年、第一高等学校予科に入学。1895年、東京帝国大学医学部に入学。1899年、東京帝国大学医学部卒業。病理学教室で三浦守治、山極勝三郎の両教授の下で学んだ後、佐藤三吉教授の外科に移った。そこでユリウス・スクリバや近藤次繁の指導を受けた。 東京帝国大学医科大学助手、済生学舎講師を経て、1902年東京帝国大学医科大学助教授。
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