塩谷 温(しおのや おん、1878年〈明治11年〉7月6日 - 1962年〈昭和37年〉6月3日)は、日本の漢学者。東京帝国大学名誉教授。70代で30代の元芸妓を妻にし、老いらくの恋と騒がれた。 東京市下谷区で漢学者塩谷青山の子として生まれる。号は節山。学習院、第一高等学校を経て、1902年東京帝国大学漢学科を卒業。優等賞を下賜された。一高時代は水泳部に属し、その当時、「デコンショ、デコンショ」と歌う丹波篠山の盆踊り歌をもとに、塩谷がデカルト、カント、ショーペンハウエルの頭文字をとって「デカンショ節」と名付けたとされる。 1905年学習院教授、1906年東京帝国大学助教授。同年からドイツのライプツィヒ大学、清国の北京および長沙に留学し、中国文学研究を行う。
出典:ウィキペディア「塩谷温」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
