城倉 義衛(しろくら よしえ、1887年(明治20年)9月27日 - 1945年(昭和20年)9月13日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 1887年(明治20年)に長野県で生まれた。1908年(明治41年)5月27日に陸軍士官学校第20期を優等で卒業し、12月25日に歩兵少尉任官。その後歩兵科から憲兵科に転科し、1927年(昭和2年)に東京帝国大学法学部法学科卒業。1934年(昭和9年)に陸軍憲兵大佐に進級、憲兵司令部警務部長に就任し、二・二六事件の処理に当たった。1936年(昭和11年)に京城憲兵隊長、1937年(昭和12年)に関東憲兵隊総務部長を歴任。 1938年(昭和13年)3月に陸軍少将に進級し、7月に関東憲兵隊司令官に就任。
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