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生方敏郎

うぶかた としろう
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生方 敏郎(うぶかた としろう、1882年〈明治15年〉8月24日 - 1969年〈昭和44年〉8月6日)は、日本の随筆家、評論家。政治・社会への風刺を得意とし、太平洋戦争中も軍部に対する皮肉の手を緩めることがなかった。 群馬県利根郡沼田町上之町(現・沼田市上之町)に生まれる。旧制前橋中学校利根分校(現・群馬県立沼田高等学校)、明治学院中学を経て早稲田大学英文科を卒業。在学中からトルストイに傾倒し、アナトール・フランスやドーミエの影響も受けた。 大学卒業の翌1907年(明治40年)に渋川玄耳の紹介で東京朝日新聞記者となる。さらにやまと新聞、大正日日に転じ、早稲田文学記者でもあった。当時のほとんどの雑誌・新聞に随筆、翻訳、評論、小説、雑文を書き、その風刺の効いた文章は読者の支持を集めた。

出典:ウィキペディア「生方敏郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋