九月(くがつ、1992年〈平成4年〉9月21日 - )は、日… 九月(くがつ、1992年〈平成4年〉9月21日 - )は、日本のお笑い芸人、随筆家。 1992年、青森県八戸市出身。幼少期から理系と公務員の多い親族に囲まれ、反動から人文系と芸術に関心を持って育った。青森県立八戸高等学校に進学する。 親に「東大か京大に行けたら何をやってもいい」と言われたことをきっかけに、自由な学風への憧れから京都大学を志望する。土地で学ぶことはその土地の養分を吸うことだと捉え、青森の養分を持つ自分に京都の養分を掛け合わせたいと考えていた。 高校卒業後、一年浪人した後に京都大学教育学部に進学。教育学部を選んだのは、小中高と自分が受けてきた学校教育に疑問を持っていたからだった。大学進学によって自由で奇天烈な人生がスタートすることを期待していたために、入学後、明確にエリートコースを歩もうとしている周囲とのギャップを感じ、「ここにいたら凄い人間になってしまう」と落胆し、大学に行かなくなる時期を経験している。
平野 紗季子(ひらの さきこ、1991年1月10日 - )は… 平野 紗季子(ひらの さきこ、1991年1月10日 - )は、日本の随筆家、フードエッセイスト、フードディレクター。 福岡県出身[リンク切れ]。慶應義塾大学法学部在学中に文筆活動を開始し、webマガジン「.fatale」での日常の食にまつわる発見と感動を綴ったブログが話題となった。 2014年にブログの内容をまとめた初の著書『生まれた時からアルデンテ』が出版された。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ/podcast番組「味な副音声」(J-WAVE)のパーソナリティや、NHK「きみと食べたい」のレギュラー出演、菓子ブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。
佐野 有美(さの あみ、1990年4月6日 - )は、日本の… 佐野 有美(さの あみ、1990年4月6日 - )は、日本の詩人、随筆家、講演活動家、歌手、タレントである。血液型O型。 愛知県豊川市出身で、短い左脚と3本の指以外を欠損している先天性四肢欠損症で生まれ、幼少期は乳児院で育つ。のちに家族とともに生活し、両親の希望と周囲の協力により小学校から高校までを通常学級で学ぶ。高校在学中はチアリーディング部で活動して地元で報道されて話題となる。 高校卒業後は事務職を経たのち、全国で講演を始める。2011年6月に、詩集『あきらめないで』から楽曲が制作されてテイチクエンタテインメントからCDアルバムが発売され、2011年の第53回輝く!日本レコード大賞で「企画賞」を受賞する。
宮島 未奈(みやじま みな、1983年〈昭和58年〉10月1… 宮島 未奈(みやじま みな、1983年〈昭和58年〉10月16日 - )は、日本の小説家・随筆家。静岡県富士市生まれ、滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒業。別名義に宮島 ムーがある。 小学3年生の時に読書感想文のコンクールに応募した作文が冊子に掲載され、選考委員のコメントで『未奈さんのお話には人をひきつける魅力があります』『お話を書いてみてはどうですか』と褒められたことで小説家を目指し物語を書き始める。文学賞に積極的に応募することはなかったものの、大学卒業後も公務員として働きながらコツコツと書き続けていたが、24歳のころに、三浦しをんの小説『風が強く吹いている』を読んで衝撃を受け、自身の力不足を痛感し小学生以来続けていた執筆活動を一時休止する。
平坂 純一(ひらさか じゅんいち、1983年8月27日 - … 平坂 純一(ひらさか じゅんいち、1983年8月27日 - )は、日本の作家、批評家、翻訳者、随筆家。 福岡県福岡市出身、筑後市。中央大学法学部通信教育課程在学中の2006年に西部邁主宰・表現者塾で思想哲学を学ぶ。2013年、早稲田大学文学部に学士入学する(フランス語フランス文学コース)。同時期に「ジョゼフ・ド・メーストルと保守主義」について執筆。国内の商業誌では珍しい思想家であることから、西部邁の推薦で2015年5月1日発行「表現者」60号から計7回の連載を行う。 近年は、一水会『レコンキスタ』や雑誌「表現者クライテリオン」にて、獅子文六に関する評伝、フランス史やポストモダンに関する歴史を、文芸ミニコミ『ラッキーストライク』では苛烈な批評を掲載するなど、精力的に執筆。
宮崎 智之(みやざき ともゆき、1982年3月16日 - )… 宮崎 智之(みやざき ともゆき、1982年3月16日 - )は、日本の文筆家、文芸評論家、エッセイスト、随筆家。東京都生まれ。 明治大学文学部卒業。地域紙記者、編集プロダクションなどを経て、フリーライターに。人間観察、現代の常識・非常識、カルチャーなどについての執筆を得意とする。著作に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎)、『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命 』(幻冬舎)、『宮崎智之セレクト 中原中也名詩選』(アンソロジー、田畑書店)、『モヤモヤの日々』(晶文社)、共著に『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)などがある。共著は「紀伊國屋じんぶん大賞2020」の14位に入選。
吉田 悠軌(よしだ ゆうき、1980年 - )は、日本の男性… 吉田 悠軌(よしだ ゆうき、1980年 - )は、日本の男性編集者、作家、随筆家、タレント。 怪談サークル「とうもろこしの会」会長。東京都八王子市出身。 中央大学附属高等学校在学中は演劇と映画に興味があり、演劇愛好会を1人で立ち上げる。早稲田大学第一文学部演劇映像コースに進学してからは映画サークルに入る。大学在学中は大島渚や原一男の先鋭的なドキュメンタリー映画に熱中した。 大学卒業後の就職活動に恵まれていなかった2005年に、高校時代からの友人と行った稲川淳二の怪談ライブに影響されて「怪談サークル とうもろこしの会」を結成する。その後、雑誌のライターや『オカルトスポットマガジン 怪処』編集長、クレイジージャーニー出演など、主に怪談・オカルトの分野で活動を行っている。
森見 登美彦(もりみ とみひこ、1979年〈昭和54年〉1月… 森見 登美彦(もりみ とみひこ、1979年〈昭和54年〉1月6日 - )は、日本の小説家、随筆家。奈良県生駒市出身、奈良市在住。 奈良女子大学文学部附属中学校・高等学校(現:奈良女子大学附属中等教育学校)卒業。京都大学農学部生物機能科学科応用生命科学コースを卒業、同大学院農学研究科修士課程修了(修士〈農学・京都大学〉)。在学中は体育会のライフル射撃部に所属し、研究室では竹を研究対象としていた。 小学校2、3年生の時に友人と作った紙芝居がきっかけで原稿用紙に小説を書くようになり、高校生で小説家を目指す。大学時代に小説を書く基礎として日本の近代文学を多読し、表現などに影響がある。 1998年4月に京都大学農学部に入学し、四畳半生活を開始。
桃井 はるこ(ももい はるこ、1977年12月14日 - )… 桃井 はるこ(ももい はるこ、1977年12月14日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター、音楽家、作詞家、作曲家、随筆家、声優、ラジオパーソナリティ。東京都出身。 声優としての代表作は、『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』の中原小麦、『瀬戸の花嫁』の瀬戸燦、『STEINS;GATE』のフェイリス・ニャンニャン、『テイルズ オブ ジ アビス』のアニス・タトリンなど。 小学生の頃から秋葉原に通い続けるなど秋葉原への深い愛着を公言し、1990年代後半からアキバで表現者としての活動を行なってきたことから「元祖アキバ系女王」の異名を持つ。愛称は「モモーイ」など。別名義として「もあい はるこ」「momo-i」がある。
内田 麻理香(うちだ まりか、旧姓:齋藤、1974年 - )… 内田 麻理香(うちだ まりか、旧姓:齋藤、1974年 - )は、日本の研究者、サイエンスライター、随筆家である。東京大学の特任准教授。博士(学際情報学)。 理系科目が苦手だったが、機動戦士ガンダム 逆襲のシャアを見てスペースコロニーを作りたいと思い、東京大学理科一類を目指した。東京大学を卒業、同大学院修士課程を修了。同博士課程へ進学直後に結婚して中退し、弁理士を目指すも出産等の事情により断念し育児に専念する。 2002年には「カソウケン(家庭科学総合研究所)」(自身が好む科学と苦手な家事を、家庭生活の視点から科学的解説を試みるウェブサイト)を開設し、老若男女が楽しめるサイトとしてニフティホームページグランプリ特別賞を受賞する。
丸山 タケシ(まるやま たけし、1974年 - )は、日本の… 丸山 タケシ(まるやま たけし、1974年 - )は、日本の随筆家、コラムニスト。 埼玉県生まれ。聖学院大学人文学部卒業。出版社勤務を経てフリーのコラムニストに転身。『TV構造改革』(朝日新聞夕刊)、『TV無法地帯』(週刊新潮)など。テレビに関するコラムを連載した。
きくち いま(本名:菊池 衣麻(読み同じ)、1973年10月… きくち いま(本名:菊池 衣麻(読み同じ)、1973年10月7日 - )は、日本の随筆家。イラストレーター。山形県東根市出身。現在山形県村山市在住。家族は両親・夫・2男1女。 1973年山形県東根市生まれ。山形県立楯岡高等学校を経て、都留文科大学文学部国文学科を卒業後、東京都中央区日本橋にある着物の広告・出版の会社にコピーライターとして入社。1999年よりフリーのライター・イラストレーターとなる。2002年に『着物がくれるとびきりの毎日』発行。イラストとエッセイを組み合わせた独自の作風で多くのファンを得る。2003年より東京から山形へ活動拠点を移す。日常の着物や和の暮らしを中心とした連載・著作・講演の他、和装関係のデザイン多数。
安居 良基(あんきょ よしもと、1973年8月2日 - )は… 安居 良基(あんきょ よしもと、1973年8月2日 - )は東京都出身の日本の技術者、随筆家、旅行家。 本名は「安居 良基」と書いて「やすい よしき」と読む。随筆家・旅行家としての活動時のみ本名と同じ漢字表記で「あんきょ よしもと」と読む筆名を使用する。開成高等学校、慶應義塾大学理工学部卒業。同大学院を経て東芝に入社。集積回路の開発に携わる。 大学在学中の1996年に旅行先のオランダでスケベニンゲンなる珍地名を知り、これが切っ掛けで10年以上に渡って各国の様々な珍地名地を訪れウェブサイトに放浪記を公開している。2009年には書籍を出版した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
室井 佑月(むろい ゆづき、本名非公開、1970年2月27日… 室井 佑月(むろい ゆづき、本名非公開、1970年2月27日 - )は、日本の小説家、随筆家、タレント。青森県出身。血液型はB型。身長162cm。オーケープロダクション所属。
諏訪 哲史(すわ てつし、1969年10月26日 - )は、… 諏訪 哲史(すわ てつし、1969年10月26日 - )は、日本の小説家、批評家、随筆家。 愛知県名古屋市出身。幼少期には宮城県仙台市で5年ほど過ごした。仙台市立燕沢小学校在学中から1週間に10冊の本を読んだ。 愛知県立名古屋西高等学校、國學院大學文学部哲学科卒業。大学在学中から卒業後まで独文学者の種村季弘に文学・美術・宗教・思想など広範な分野にわたり個人指導を受ける。卒論は西欧十九世紀末芸術ラファエル前派論。哲学科では美学者の谷川渥にも師事した。 1992年から名古屋鉄道で勤務する傍ら、種村季弘に読んでもらうために詩作を行なう。1998年、名鉄を退社し、2年間引きこもった末に書き上げた初の小説「アサッテの人」で種村季弘に認められる。
かせきさいだぁ(1968年9月26日 - )は、日本のヒップ… かせきさいだぁ(1968年9月26日 - )は、日本のヒップホップアーティスト、ラッパー、作詞家、漫画家、随筆家。本名、加藤 丈文(かとう たけふみ)。静岡県榛原郡川根本町(旧中川根町)出身。桑沢デザイン研究所卒業。 ヒップホップ・グループ「TONEPAYS」(1990-1993)解散後、1994年、1人で「かせきさいだぁ≡」結成。1996年デビュー。はっぴいえんどや松本隆のトラック、歌詞を引用したラップで注目を集める。 2001年にはホフディランのワタナベイビーと青春ポップデュオ「Baby&CIDER≡」(ベイビーアンドさいだぁ≡)を結成、不定期に活動中。並行して、木暮晋也(ヒックスヴィル)と共にユニット「TOTEM ROCK」(トーテム・ロック)としても活動中。
川野 明正(かわの あきまさ、1967年7月21日 - )は… 川野 明正(かわの あきまさ、1967年7月21日 - )は、日本の民俗学者・中国文学者・随筆家。明治大学法学部教授であり、日本石仏協会会長。明治大学獅子狛犬研究所所長(研究代表者)。専門はアジア民俗学、特に民間信仰。 1967年、東京都渋谷区松濤出身。 2025年5月現在著作合計100本。
通崎 睦美(つうざき むつみ、1967年5月23日 - )は… 通崎 睦美(つうざき むつみ、1967年5月23日 - )は、日本のマリンバ奏者、木琴奏者、随筆家。京都市下京区出身。 京都市立醒泉小学校、同志社中学校、京都市立堀川高等学校(音楽科)、京都市立芸術大学音楽学部卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。 風呂敷の縫製を生業とする家に次女として生まれる。5歳よりマリンバを始める。1991年にコンサートデビュー。これまでに、ピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、箏、三弦など様々な楽器やダンスとのデュオを結成。また、マリンバ・トリオでの演奏や、オーケストラとの共演なども行っている。 デビュー以来、セルフプロデュースのもとマリンバ演奏のコンサートを続けてきたが、2005年2月、東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会(井上道義指揮)にて、1944年に木琴奏者の平岡養一が初演した「木琴協奏曲」(紙恭輔作曲)を平岡本人の木琴で演奏。
真藤 英喜(しんどう ひでき、1966年8月6日 - )は、… 真藤 英喜(しんどう ひでき、1966年8月6日 - )は、日本の教育学者、随筆家。専攻は、教育学・日本人論。大和大学教授、総務企画本部長。 1966年、京都府に生まれる。1985年、滋賀県立膳所高等学校卒。1989年、大阪教育大学教育学部卒。西大和学園中学校・高等学校国語科教諭、白鳳女子短期大学准教授を経て、大和大学の設置準備に携わり、現在、大和大学教授、総務企画本部長。滋賀県草津市在住。 膳所高校時代はラグビー班で活躍。教育者として教壇に立つ傍ら、1999年9月~2009年1月の間、奈良新聞に随筆連載。2010年2月、随筆「日本人再発見」を出版。題字は、親交のある俳優・画家片岡鶴太郎が揮毫。
いしい しんじ(本名:石井 慎二、1966年2月15日 - … いしい しんじ(本名:石井 慎二、1966年2月15日 - )は、日本の小説家、随筆家。大阪府大阪市出身、京都市在住(2018年12月現在)。既婚、1男あり。身長181cm、体重65kg。 万代池のそばで生まれる。男4人兄弟の次男。父は塾講師で、5歳の時に話を書き始めて歌を作る。幼児生活団を経て、大阪府立住吉高等学校卒業。 高校生の頃に画家を志すが知人から止めたほうがいいと言われ、東京芸術大学を受験するも不合格となり京都大学文学部仏文学科へ進学し、1989年、卒業後にリクルートで雑誌編集に従事した。 いわゆる奇人で、「シーラカンスの刺身を食べてみたい」と思い立ち勤務先を休み、シーラカンスの刺身を求めてコモロを訪れる。
宮田 珠己(みやた たまき、男性、1964年 - )は、旅行… 宮田 珠己(みやた たまき、男性、1964年 - )は、旅行エッセイスト、随筆家、小説家。 兵庫県生まれ。大阪大学工学部土木工学科卒。卒業後、株式会社リクルートに就職し、不動産関係の部門に配属される。のち、広告制作部門に転属。 1995年新風舎より処女作『旅の理不尽』を自費出版、会社を退職。以後、アジア地域を中心に旅し、旅行記・エッセイを刊行する。2007年、『東南アジア四次元日記』で第3回酒飲み書店員大賞受賞。2010年代以降は国内紀行が主になってきている。 2009年1月には、高野秀行、内澤旬子と「エンタメノンフ文芸部」を結成。 2017年から2年間、朝日新聞書評委員を担当。 2021年には初の小説作品『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』を発表。
有吉 玉青(ありよし たまお、1963年11月16日 - )… 有吉 玉青(ありよし たまお、1963年11月16日 - )は、日本の随筆家、小説家。本名は清水 玉青。大阪芸術大学文芸学科教授。
新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25)… 新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25) 1963年2月25日(63歳)- )は、日本の編集者、コラムニスト、随筆家、ラジオパーソナリティ、作詞家。 1963年生まれ、沖縄県那覇市出身。那覇市立城岳小学校、那覇市立上山中学校、沖縄県立那覇高等学校を経て、琉球大学法文学部社会学科社会人類学コース卒業。高校ではワンダーフォーゲルクラブに所属。大学では今帰仁村の集落にフィールドワークで赴き、住民から聞き取りを行った。 大学卒業後、内地の出版社に就職し、出版社の営業として百科事典的な本の訪問販売に従事するが、自分には合わないと感じて退社し帰郷。月刊誌『青い海』の出版社の社員募集に応じ就職したが、3ヶ月ほどで倒産したため、1986年に沖縄出版に入社。
中村 幸一(なかむら こういち、1963年- )は、日本の比… 中村 幸一(なかむら こういち、1963年- )は、日本の比較言語学者、歌人、随筆家。明治大学教授。専門は印欧語の形態論、英語史。 東京都生まれ。上智大学外国語学部英語学科(言語学副専攻)卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専攻博士課程単位習得退学。1996年明治大学政治経済学部専任講師、助教授をへて2005年教授、現在に至る。 歌人としては加藤克巳に師事し、歌誌「個性」「熾」に所属して編集委員も務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
パンツェッタ・ジローラモ(伊: Panzetta Girol… パンツェッタ・ジローラモ(伊: Panzetta Girolamo、1962年9月6日 - )は、イタリア生まれの外国人タレント、随筆家、元東京純心女子大学講師。ホリプロ所属。身長176cm。SSCナポリのアカデミー出身。愛称はジローさん。日本式に苗字を先に名乗っているが、本名はジローラモ・パンツェッタ。日本語に堪能である。 1962年9月6日にイタリア・カンパニア州ヴィッラノーヴァ・デル・バッティスタに生まれた。 父親は建設会社を経営。「高速道路とか港湾の船着き場とか、政府から結構、大きな仕事をもらってました。現場では大声でないと、皆に伝わらないから、それがクセになって、家でも大声でしゃべっていました。
敷村 良子(しきむら よしこ、1961年 - )は、日本の小… 敷村 良子(しきむら よしこ、1961年 - )は、日本の小説家・随筆家。新潟県在住。夫は新潟国際情報大学学長の越智敏夫。 愛媛県松山市出身。愛媛県立松山東高等学校、放送大学卒業。 1995年『がんばっていきまっしょい』で松山市主催の坊っちゃん文学賞を受賞。著作は映画化、テレビドラマ化、劇場アニメ化された。 漫画家、オペラ歌手の五島傅明は高校の先輩で、『がんばっていきまっしょい』に登場する生徒会長のモデルだという。
パッパラー河合(パッパラーかわい、1960年9月14日 - … パッパラー河合(パッパラーかわい、1960年9月14日 - )は、日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、随筆家、俳優、タレント、YouTuber。本名は河合 靖夫(かわい やすお)。千葉県柏市出身。アミューズ所属。既婚。 くるみ幼稚園、柏市立柏第一小学校、柏市立柏中学校、千葉県立東葛飾高等学校卒業後、同窓のサンプラザ中野らと共にスーパースランプに参加。獨協大学中退。 1982年にリードギター担当として爆風スランプに参加、ラジオ番組企画の一環としてフォークユニットThe花びらを結成するなど、長期にわたり中野と音楽活動を共にしている。1988年にはヤマハより、パッパラー河合・シグニチャー・モデル「ヤマハ・MG-K、MG-K II」が一般に発売される。
銀色 夏生(ぎんいろ なつを、1960年3月12日 - )は… 銀色 夏生(ぎんいろ なつを、1960年3月12日 - )は、日本の女性詩人、随筆家、作詞家、写真家。 1960年、宮崎県えびの市に生まれる。えびの市立真幸小学校、えびの市立真幸中学校、宮崎県立小林高等学校、埼玉大学教養学部を卒業。 1982年に作詞家として活動を開始し、翌1983年に沢田研二の「晴れのちBLUE BOY」を作詞した。その後も大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」「ゴーゴーヘブン」や、2011年度NHK全国学校音楽コンクール課題曲「僕が守る」 などを作詞した。また、山本みき子・山元みき子(やまもと みきこ)名義で太田裕美に歌詞を提供している。 1985年に第1詩集『黄昏国』を河出書房新社より刊行。
山本 ふみこ(やまもと ふみこ、本名・山本 富美子、1958… 山本 ふみこ(やまもと ふみこ、本名・山本 富美子、1958年11月26日 - )は、日本の随筆家。北海道小樽市出身。自由学園最高学部卒。出版社勤務をへて文筆家。武蔵野市教育委員会委員。
全 卓樹(ぜん たくじゅ、英語: Taksu Cheon、1… 全 卓樹(ぜん たくじゅ、英語: Taksu Cheon、1958年〈昭和33年〉 - )は、日本の理論物理学者、随筆家。理学博士(東京大学)。 高知工科大学環境理工学群教授。高知工科大学大学院工学研究科長・工学部長・基盤工学コース長・社会人特別コース長。 専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。量子ゲーム理論の研究で知られる。 京都府生まれ。東京都立国立高等学校卒業。1980年(昭和55年)、東京大学理学部物理学科卒業。1985年(昭和60年)、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。指導教員は有馬朗人。 ジョージア大学、メリーランド大学、法政大学等を経て、高知工科大学理論物理学教授。
森 博嗣(もり ひろし、1957年〈昭和32年〉12月7日 … 森 博嗣(もり ひろし、1957年〈昭和32年〉12月7日 - )は、日本の工学者・小説家・随筆家・同人作家。工学博士(名古屋大学・論文博士・1990年)。元名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻助教授。ローマ字表記は「MORI Hiroshi」。妻はイラストレーターのささきすばる。近年は、清涼院流水が立ち上げたプロジェクト「The BBB」(Breakthrough Bandwagon Books)に参加し、『スカイ・クロラ』(2001年)『すべてがFになる』(1996年)など英語版の著作を発表している。 『すべてがFになる』でデビュー。2005年まで工学部教授として大学に勤務しながら、理系ミステリーを数多く発表する。
麻生 圭子 (あそう けいこ、1957年〈昭和32年〉7月8… 麻生 圭子 (あそう けいこ、1957年〈昭和32年〉7月8日 - )は、日本の作詞家・随筆家。大分県日田市出身。 大分県日田市出身。女子美術短期大学中退。在学中に結婚するが2年で離婚し、1981年にベルリンへ渡る。作詞家を目指し、旅行中に書き留めた詞が山下久美子のアルバムに採用されて作詞家デビュー。同年、吉川晃司の『You Gotta Chance 〜ダンスで夏を抱きしめて〜』を書き下し、一躍売れっ子作家の仲間入りをする。以後、小泉今日子、中森明菜、浅香唯など、1980年代のアイドル全盛時にヒット曲を相次ぎ作詞した。1990年代以降は若い女性らを読者とする随筆家に転身。1996年に京都に移住した。
宮村 一夫(みやむら かずお、1956年〈昭和31年〉8月2… 宮村 一夫(みやむら かずお、1956年〈昭和31年〉8月2日 - )は、日本の化学者、随筆家、全国通訳案内士。専門は分析化学・錯体化学。学位は工学博士(東京大学・論文博士・1989年)(学位論文「平面正方形型銅(2)及びニッケル(2)錯体の立体化学的研究」)。吉川貞雄門下。東京理科大学名誉教授。 元東京理科大学理学部第一部学部長兼大学院理学研究科長、大学院総合科学研究科幹事、東京理科大学評議員。日本化学会理事、化学遺産委員長(第2代)。その他、東京大学・早稲田大学講師、日本分析化学会副会長・理事、日本鉄鋼協会理事、日本分光学会理事、法務省司法試験予備試験考査委員・大学入試センター試験作問委員を歴任した。
古山浩一(ふるやま こういち、1955年 - )は、日本の画… 古山浩一(ふるやま こういち、1955年 - )は、日本の画家、絵本作家、随筆家。 鞄や万年筆の収集家としても知られており、それらに関する著作も発表している。東京都出身。 東京生まれ、筑波大学大学院芸術専攻修了。 1980年代から万年筆を使用して描いた絵画作品を多数発表する。その技法のユニークさもさることながら、作品のもつ幻想的な独自の世界観が高い評価を得て、数多くの賞を受ける。 鞄や万年筆の熱心な収集家で、それらをテーマにした絵画や著作も多数あり、文房具愛好家などからの人気も高い。なかでも日本各地の手作り万年筆の職人を探ねて収集した聞き書きを纏めた著作『4本のヘミングウェイ』は名著として語り継がれている。
群 ようこ(むれ ようこ、1954年12月5日 - )は、日… 群 ようこ(むれ ようこ、1954年12月5日 - )は、日本の作家、随筆家。本名:木原ひろみ。独身。軽妙な語り口の文体で、主に女性からの支持を受けている。 東京都出身。東京都立鷺宮高等学校、日本大学藝術学部文芸学科卒業。同学科の1年先輩に林真理子がいる。1978年、本の雑誌社に入社。1984年7月、本の雑誌社在社中に単行本『午前零時の玄米パン』(本の雑誌社刊) を発表し、本格的に作家デビュー。なお、ペンネームの「群」は、後述する目黒考二の使用していたペンネーム「群一郎」をのれん分けで譲り受けたものである(「ようこ」は目黒の初恋の女性の名前)。同年12月に本の雑誌社を退職し、以後多くの随筆・小説・評伝・対談等を発表、現在に至る。
阿川 大樹(あがわ たいじゅ、1954年12月1日 -)は、… 阿川 大樹(あがわ たいじゅ、1954年12月1日 -)は、日本の小説家、推理作家、コラムニスト、随筆家、ジャーナリスト、作曲家。日本推理作家協会会員。神奈川県横浜市在住。 東京都で商社マンの家に生まれ、子供の頃は親の転勤により引っ越しが多かったと語っている。中学生の頃から小説家を夢見ていた。 東京都立戸山高等学校卒業。高校時代には演劇部に所属し、同部後輩の井坂聡 (映画監督) とはOBとして知り合いになる 。高校2年 (1971年) の文化祭 (戸山祭) では、演劇部公演として、『狂人とピエロの唄』という創作劇の脚本を執筆。これは謡曲『隅田川』を題材としたミュージカルであった。また、生徒会にて制服の廃止を主導したと語っている。
小西 英人(こにし ひでと、1954年11月27日 - )は… 小西 英人(こにし ひでと、1954年11月27日 - )は、随筆家、編集者。おもに釣りと魚の随筆を執筆したり、魚類図鑑の企画、製作、編集などを行ったりしている。 徳島県徳島市出身。1976年、桃山学院大学社会学部在学中に父の小西和人とともに株式会社週刊釣りサンデーを起こし、「週刊釣りサンデー」を創刊、カメラマンとして活躍。その後、写真部長、出版編集長、週刊釣りサンデー編集長、編集主幹、代表取締役社長などを歴任する。日本各地、世界各地を釣り歩き、写真や紀行文を発表。また数多くの書籍、雑誌などの製作や編集を行う。 2001年、インターネットで【WEB魚図鑑】【さかなBBS】などの活動を始め、読者投稿型のネット図鑑を成功させ、民生用としては最大のものに育てる。
小川 裕司(おがわ ゆうじ、1954年5月30日 - )は、… 小川 裕司(おがわ ゆうじ、1954年5月30日 - )は、日本の写真家・随筆家。 元日本郵船社員で、日本旅行作家協会会員。東亜大学客員教授。松岡正剛イシス編集学校 千離衆。 1954年5月、愛知県名古屋市に生まれる。1978年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本郵船に入社。日本郵船ではシンガポール(1990年 - 1995年)、シドニー(2000年 - 2005年)、ソウル(2005年 - 2008年)と海外勤務を経験した。そのうち、シドニー在勤当時に本格的に写真を取り組むようになる。2004年にシドニーの紀伊国屋書店ギャラリーで花の写真展「豪花」を開き、写真家としてデビューした。ソウル時代にはエヌ・エヌ・エー韓国版にコラム「なんせんちょうむ」を連載し、2006年には書籍として出版された。
宮脇 孝雄(みやわき たかお、1954年2月14日 - )は… 宮脇 孝雄(みやわき たかお、1954年2月14日 - )は、日本の翻訳家・随筆家・文芸評論家。 ユニカレッジ講師、専修大学非常勤講師。日本文芸家協会、日本推理作家協会会員。 高知県土佐市生まれ。高知学芸高等学校卒業。 在学中にSF研究会に参加、1年先輩のメンバーに森下一仁がいた。 早稲田大学政治経済学部中退。早大在学中は、ワセダミステリクラブに参加し、翻訳活動を始める。料理に関する随筆も多い。 1997年、ジョン・ダニング『死の蔵書』の翻訳によりBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞(主催:「翻訳の世界」(バベル・プレス))を受賞。
三好 基晴(みよし もとはる、1953年8月30日 - )は… 三好 基晴(みよし もとはる、1953年8月30日 - )は、日本の医師、随筆家、コラムニストである。 健康法や医療問題に関して独創的なコラムを多く執筆している。 ホスメック・クリニック院長。福井県鯖江市生まれ。 福井県鯖江市出身。1972年(昭和47年)3月、福井県立武生高等学校を卒業。1982年(昭和57年)3月、東海大学医学部を卒業。 1984年(昭和59年)3月、東海大学大学院医学研究科修士課程を修了。1987年(昭和62年)3月26日に論文(三好 1987)にて同大学より医学博士が授与された。常盤診療所所長に就任。 1995年(平成7年)、ホスメック・クリニック院長に就任。2003年(平成15年)11月16日、菌匠会の顧問就任。
寒川 猫持(さむかわ ねこもち、1953年(昭和28年)4月… 寒川 猫持(さむかわ ねこもち、1953年(昭和28年)4月11日 - 2023年(令和5年)5月10日)は、日本の歌人、随筆家、眼科医。 1953年、内科医院を営む両親の下、大阪市に生まれる。病弱で小学生の頃は欠席が多かった。高校を中途退学後ドイツに留学。帰国後、大学入学資格検定に合格し金沢医科大学に入学し医師免許取得。大阪市などで眼科医院を開業していた。 2023年5月10日、自宅療養中に死去した事が Facebook「猫持のデタラメ倶楽部」内にて発表された。
渡辺 たをり(わたなべ たをり、1953年 - )は、日本の… 渡辺 たをり(わたなべ たをり、1953年 - )は、日本の随筆家。 渡辺清治・千萬子夫妻の娘として京都府に生まれる。父・清治は谷崎潤一郎の3番目の妻・松子とその最初の夫・根津清太郎の長男で、母方の叔母・重子とその夫・渡辺明(旧津山藩主松平家・松平康民の三男)の養嗣子となった。母・千萬子は日本画家・橋本関雪の孫娘で谷崎の『瘋癲老人日記』に登場する颯子のモデルとなった人物。 名付け親は谷崎潤一郎。漢字では撓(ツクリは「焼」のツクリ)と書くが、当用漢字に無いので平仮名を使用している。 子供の頃は祖母の夫・谷崎潤一郎に可愛がられた。日本大学芸術学部放送学科卒業、日大大学院芸術学研究科修士課程修了。紀伊国屋書店に勤務する傍ら、1956年頃から1964年にかけて谷崎が千萬子にあてた200通あまりの書簡を軸に『祖父 谷崎潤一郎』を著し、1980年に刊行した。
中島 らも(なかじま らも、1952年4月3日 - 2004… 中島 らも(なかじま らも、1952年4月3日 - 2004年7月26日)は、日本の小説家、劇作家、随筆家、広告プランナー、放送作家、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン。本名は中島 裕之(なかじま ゆうし)。ペンネームの由来は、無声映画時代の剣戟俳優、羅門光三郎から[4]。活動当初は「羅門」「Ramon」「らもん」等のペンネームで雑誌に詩の投稿をしており、仲間内でも「らもん」を名乗っていたが「読者に名前を覚えてもらいやすいように」と1982年に「らも」に改名した。本稿では名の表記を、原則として「らも」で統一する。
海原 純子(うみはら じゅんこ、1952年4月1日 - )は… 海原 純子(うみはら じゅんこ、1952年4月1日 - )は、日本の医学者(医学博士)・医師、随筆家、歌手。神奈川県横浜市出身。 実家は横浜市内の耳鼻科医院。小学5年生の頃に母の意向で横浜雙葉学園に編入。しかし「お嬢様」ばかりの雰囲気になじめず、孤独感を感じる中で、早く自立したいという思いが強くなった。その後、医師を目指して東京慈恵会医科大学に進学。父が病気になったこともあり、19歳から24歳まで新宿のクラブで専属歌手活動をして生活費を捻出し、1976年、同大学を卒業。クラブでドラマの主題歌の歌手を探している、音楽ディレクターと出会い結婚。 同大内科、病理学講師を経て、1984年、東京都港区南青山に「海原メディカルクリニック」を開業。
松本 猛(まつもと たけし、1951年4月18日 - )は、… 松本 猛(まつもと たけし、1951年4月18日 - )は、日本の随筆家。 松本善明(弁護士、元衆議院議員)、いわさきちひろ(絵本画家)夫妻の長男として東京都に生まれる。乳児期は、安曇野の祖父母のもとに預けられた。当時ちひろの乳を飲んでいた三宅裕司は乳兄弟。 1957年 学芸大学付属大泉小学校に入学。体育だけは誰にも負けなかった。 1963年 学芸大学付属小金井中学校に入学。最初の英語の授業で先生にたたかれ、絶対に英語は勉強しまいと心に決める。後になって後悔したが、最初のつまずきが高校受験、大学受験にまで影響を及ぼすことになった。野球部に入り、キャッチャーで3番を打つ。中学時代は野球と女の子だけの人生だった。
秋 亜綺羅(あき あきら、1951年1月23日 - )は、日… 秋 亜綺羅(あき あきら、1951年1月23日 - )は、日本の詩人・随筆家。日本現代詩人会会員。日本文藝家協会会員。月刊ココア共和国主宰。YS賞選考委員。 宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第三高等学校卒、早稲田大学中退。18歳のとき、受験雑誌に投稿したすべての詩が特選。選者は寺山修司だった。詩集『海!ひっくり返れ!おきあがりこぼし!』(1971年)を発表。1977年6月、高取英らと詩の理論と方法論の実験誌「0ff*0ff*t0ky0!」(ぱあぷる・ふいるむ社)を創刊。27歳で仙台に戻り、ジャンルを超えたイベントの企画などを手がける。1980年、斉藤文春らと批評総合誌「SENDAI IN」を発行。
山村 修(やまむら おさむ、1950年 - 2006年8月1… 山村 修(やまむら おさむ、1950年 - 2006年8月14日)は、日本の書評家、随筆家。主に随筆は本名で、書評は「狐」のペンネームで執筆した。東京都出身。 慶應義塾大学文学部仏文学科卒業。学校法人青山学院に勤め、同大学図書館司書を長く務めた。 サラリーマン生活の傍ら、1981年2月、首都圏などで発行されている夕刊紙、日刊ゲンダイに狐の筆名で書評の連載を開始。これは高校時代からの友人で同紙の編集者、竹村洋一の勧めによるものであった。 連載開始当初、掲載は不定期だったが、その後、水曜日発売分(木曜日付)の「新刊読みどころ」というコラムに定着。ほぼ週1回のペースで2003年7月に体調不良のため終了するまで約22年半、1188回の長きにわたって続けた。
松原 秀行(まつばら ひでゆき、1949年4月20日 - 2… 松原 秀行(まつばら ひでゆき、1949年4月20日 - 2026年2月18日)は、日本の小説家・随筆家。 神奈川県川崎市出身。栄光学園高等学校16期生、早稲田大学第一文学部人文学専修卒。 フリーライターとして様々なジャンルでの執筆で活躍するほか、児童文学も書いている。代表作は、1995年より青い鳥文庫(講談社)から出版されている「パソコン通信探偵団事件ノート」シリーズ。 2026年2月18日、東京都の自宅で死去した。76歳没。24日、訃報が青い鳥文庫の公式サイトを通じて伝えられた。 詳細などについては「パソコン通信探偵団事件ノート」の作品リストを参照。イラストは梶山直美。また、これらのシリーズには、松原の出身地神奈川県内の地名をもじった地名が登場する(パソコン通信探偵団事件ノート#登場用語・施設等を参照)。
荒川 洋治(あらかわ ようじ、1949年4月18日 - )は… 荒川 洋治(あらかわ ようじ、1949年4月18日 - )は、日本の現代詩作家、随筆家。日本芸術院会員。本名の読みはひろはる。 福井県三国町(現坂井市)に生まれる。福井県立藤島高等学校、早稲田大学第一文学部文芸科卒業。 高校2年生のときに詩誌「とらむぺっと」を創刊し、全国から同人を募って、19号の終刊まで100余名の高校生が参加した。大学の卒業論文として提出された『娼婦論』は平岡篤頼の推薦で小野梓記念賞芸術賞を受賞。26歳で詩集『水駅』を刊行し、H氏賞を受賞、以後、多くの詩集・随筆・評論を刊行している。日本近代小説の読み巧者でもある。1974年から詩を専門にする出版社である紫陽社を経営。大阪文学学校、青山学院大学、早稲田大学などで教壇に立つ。
橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25… 橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25日 - 2019年〈平成31年〉1月29日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。 イラストで注目され、『桃尻娘』(1977年)で作家としてデビューすると博学や独特の文体を駆使し、古典の現代語訳、評論・戯曲など多才ぶりを発揮する。作品に『桃尻語訳 枕草子』(1987 - 1988年)、『蝶のゆくえ』(2004年)、『初夏の色』(2013年)などがある。 東京都杉並区の商家の息子に生まれる。1951年3歳の時に世田谷区に転居し、杉並区の小中学校を経て1963年東京都立豊多摩高等学校に入学。1966年に同校卒業後予備校に通う。 1967年、東京大学文科三類入学。