豊永 浩平(とよなが こうへい、2003年 - )は、日本の… 豊永 浩平(とよなが こうへい、2003年 - )は、日本の小説家。沖縄県那覇市生まれ。琉球大学人文社会学部琉球アジア文化学科卒業。 琉球大学在学中の2024年、「月()ぬ走()いや、馬()ぬ走()い」で第67回群像新人文学賞を受賞してデビュー。同作で第46回野間文芸新人賞を受賞する。2026年、『はくしむるち』で第39回三島由紀夫賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
池本 夢実(いけもと ゆめみ、1996年5月1日 - )は、… 池本 夢実(いけもと ゆめみ、1996年5月1日 - )は、日本の警察官、女子プロボクサー。静岡県榛原郡川根本町出身。琉球大学教育学部卒業。琉球ボクシングジム所属。沖縄県警沖縄署地域課勤務。初代日本女子フライ級王者。現WBOアジア太平洋女子ライトフライ級王者。 5歳で空手を始め、常葉大菊川高校在学中に全国大会3位の実績を残す。 琉球大学進学後にボクシングを始め、2016年5月15日、成田佑美戦でデビューし判定勝利。 2016年9月21日、後楽園ホールで石井愛世と対戦し2連勝。 2017年8月12日、デビュー4戦目で赤井優生に初黒星。 その後日本フライ級初代王座決定トーナメントにエントリーし、2017年12月17日の準決勝で佐藤絢香に勝利し王座決定戦進出。
又吉 亮文(またよし あきふみ、1995年11月20日 - … 又吉 亮文(またよし あきふみ、1995年11月20日 - )は、沖縄県浦添市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。兄はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属の又吉克樹。従姉妹は舞台女優の大村沙亜子。 浦添市立浦添中学校入学時から野球を始め、当時は外野手としてプレー。同級生に與座海人(西武)がいる。 沖縄県立浦添高等学校進学後に自らの希望で投手に転向。当時はオーバースローのフォームで、球速は120km/h前後の平凡な投手だった。ベンチ入りできたのは2年生の秋のみで、中学時代も高校時代も目立った成績を残せなかった。 高校卒業後は野球を辞め、琉球大学に進学して教員免許を取得することを目指していたが、3年生の秋に兄の又吉克樹がドラフト会議で中日ドラゴンズより2位指名を受けたことで奮起し、野球を続けるために兄と同じ環太平洋大学に進学。
太田 三砂貴(おおた みさき、1994年〈平成6年〉10月2… 太田 三砂貴(おおた みさき、1994年〈平成6年〉10月27日 - )は、日本の研究者、アーティスト。埼玉県戸田市出身。ヴロツワフ大学 大学院 理論物理学専攻 修士課程 修了。IQ188 sd16の記録を持ち、ギフテッドとしての社会的発信の傍らアーティスト活動を行っている。高IQ団体 JAPAN MENSA、OLYMPIQ Society、METIQ 会員。 幼少期から身の回りの現象に強い関心を抱き、「なぜこうなるのか」「世界はどうできているのか」といった問いを日常的にもっていた。頻繁にプラネタリウムに連れて行ってもらい、アルベルト・アインシュタインの相対性理論を知る。身の回りの自然や数理的なパターンに興味を示し、周囲の子どもが遊びに熱中する中でも独自に観察や考察をしていた。
屋比久 知奈(やびく ともな、1994年6月6日 - )は、… 屋比久 知奈(やびく ともな、1994年6月6日 - )は、日本のミュージカル女優、声優、歌手。 沖縄県沖縄市出身。琉球大学法文学部国際言語文化学科英語文化専攻卒業。ビクターミュージックアーツ所属。2017年3月10日に日本公開されたディズニー映画『モアナと伝説の海』で主人公モアナの吹き替えに抜擢されデビュー。 1994年6月6日、沖縄県沖縄市に生まれる。母親がバレエの先生だったことから、4歳からバレエを始める。 沖縄県立コザ高等学校卒業後、好きな英語を使う仕事がしたいと琉球大学法文学部国際言語文化学科英語文化専攻へ進学。大学在学中、同専攻の授業で2年時に取り組んだ英語ミュージカル『フットルース』でヒロインを演じる。
牛島 可南子(うしじま かなこ、1993年12月21日 - … 牛島 可南子(うしじま かなこ、1993年12月21日 - )は、沖縄県を拠点に活動している日本のニュースキャスター レポーター。 2022年7月から2023年3月まで株式会社キャラOKINAWAに所属し、それ以降は本名でNHK沖縄放送局の契約キャスターとして活動する。 沖縄県那覇市出身。沖縄県中頭郡西原町を出生地としているが、家庭の都合で本島中南部の那覇市・宜野湾市・うるま市に転居・転校していると『SPLASH!!!』初回出演時(2022年4月6日放送)に公表している[出典無効]。 琉球大学教育学部卒業。大学在学時には、教育学部で心理臨床科学を専攻していた。 2018年4月に山形放送 (YBC) に入社し、同局のアナウンサーになる。
仲村 美涼(なかむら みすず、1993年7月22日 - )は… 仲村 美涼(なかむら みすず、1993年7月22日 - )は、琉球放送のアナウンサー。 沖縄県那覇市出身。那覇市立安岡中学校、沖縄県立首里高等学校、琉球大学法文学部卒業[リンク切れ]。高校在学中には、全国高等学校文芸コンクール第25回俳句部門で優良賞を受賞した。 大学を卒業後、2016年に琉球放送に入社。2022年1月3日のアップ!!番組中に、大学時代に知り合った奈良県の一般人男性と遠距離恋愛の後、2021年12月31日に入籍したことを発表した。
藤田 智子(ふじた ともこ、1991年8月18日 - )は、… 藤田 智子(ふじた ともこ、1991年8月18日 - )は、長崎国際テレビ (NIB) のアナウンサー。 福岡県宗像市出身。琉球大学教育学部生涯教育課程を卒業後、2015年4月に長崎国際テレビに入社。 Category:長崎国際テレビのアナウンサー この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:アナウンサー)。
赤嶺総理(あかみねそうり、1991年3月1日 - )は、日本… 赤嶺総理(あかみねそうり、1991年3月1日 - )は、日本のお笑い芸人、放送作家。吉本興業所属。NSC東京校19期生。 沖縄県那覇市出身。沖縄県立首里高等学校卒、琉球大学法文学部人間科学科中退。 当初は、金城ジョーと「すぽっと」というコンビを組んでいたが解散し、2016年以降はピンで活動。 ネタは主にフリップ芸。大喜利が得意なことで知られている。 中3(14歳)の頃に、週刊少年ジャンプの読者投稿コーナー『じゃんぷる』に試しに送った一枚が採用され、50円のハガキが「500円のQUOカード」になったことがキッカケとなり、優勝すれば「ゲーム機」がもらえると思い、本格的にハガキ投稿を始めたという。翌年、同コーナー『ジャンプ魂』初代王者となる。
伊波 紗友里(いは さゆり、1988年4月1日 - )は、日… 伊波 紗友里(いは さゆり、1988年4月1日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元ラジオ沖縄のアナウンサー兼報道記者、元琉球朝日放送アナウンサー。身長165cm。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
周本 絵梨香(しゅうもと えりか、1988年3月5日 - )… 周本 絵梨香(しゅうもと えりか、1988年3月5日 - )は、日本の女優である。融合事務所所属。 琉球大学在学中に役者を志し、蜷川幸雄主宰の『さいたまネクスト・シアター』の設立オーディションに応募、1225名の中から合格し1期生メンバーとなる。 2009年さいたまネクスト・シアター旗揚げ公演『真田風雲録』でデビュー。その後、全てのネクストシアター公演に参加。 2010年『美しきものの伝説』は第18回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。同作では松井須磨子役を務める。 2014年『蒼白の少年少女たちによるカリギュラ』ではカリギュラの情婦セゾニア役を務める。 2018年第21回 鶴屋南北戯曲賞を受賞した『薄い桃色のかたまり』(作・演出岩松了)では、主人公若い男を探す恋人ミドリ役を務めた。
玉城 絵美(たまき えみ、1984年1月20日 - )は、日… 玉城 絵美(たまき えみ、1984年1月20日 - )は、日本の研究者兼経営者。琉球大学工学部知能情報コース教授。H2L株式会社創業者・代表取締役社長。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻特定客員大講座特定客員教授。沖縄電力取締役。博士(学際情報学)。BodySharingの提唱者。 1984年、沖縄県中頭郡北谷町生まれ。 1999年、北谷町立桑江中学校卒業。2002年、沖縄県立球陽高等学校(理数科)卒業。2006年、琉球大学工学部情報工学科卒業。2008年、筑波大学大学院システム情報工学研究科知能機能システム専攻修了、研究科長表彰。2008年、東京大学大学院学際情報学府に入学しロボットやヒューマンコンピュータインタラクションの研究を行う。
金城 奈々絵(きんじょう ななえ、1982年10月14日 -… 金城 奈々絵(きんじょう ななえ、1982年10月14日 - )は、ラジオ沖縄のアナウンサー。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:アナウンサー)。
諸見里 大介(もろみざと だいすけ、1982年7月21日 -… 諸見里 大介(もろみざと だいすけ、1982年7月21日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優である。吉本新喜劇の座員、リーダー。 沖縄県島尻郡八重瀬町(旧具志頭村)出身で吉本興業大阪本部に所属、琉球大学を中退。身長187cm、体重105kg。血液型B型。 大学に進学するも、学業意欲を失ったため中退する。その後、父の反対を押し切って、お笑い芸人になることを決め、NSCの入学金を捻出するべく富山県で季節労働者として働き、200万円稼いだ後、大阪へ渡った。 2011年に解散するまでお笑いコンビハムのツッコミ担当を務めた。解散後の2012年に「吉本新喜劇座員オーディション2012」で合格し、新喜劇へ入団。
北山亭 メンソーレ(ほくざんてい メンソーレ、1982年3月… 北山亭 メンソーレ(ほくざんてい メンソーレ、1982年3月8日 - )、は沖縄県国頭郡今帰仁村出身の落語家。本名:山城伸伍。立川志の輔門下では立川メンソーレ(たてかわ メンソーレ)を名乗った。 沖縄県立北山高等学校を経て、琉球大学工学部情報工学科に入学。大学在学中は琉球大学落語研究会に所属。入部当初はコントや漫才などに取り組んでいたが、次第に落語に傾倒。「愚歌等 落生(←落笑←落小)」(ぐうたら らくしょう)を名乗り、数多くのネタにも挑戦する。大学休学中の2004年2月に参加した「第一回全日本学生落語選手権・策伝大賞」で優勝し「策伝大賞」を受賞する。 同年3月に大学を中退し、4月より立川志の輔に入門。
親川 志奈子(おやかわ しなこ、1981年 - )は、沖縄大… 親川 志奈子(おやかわ しなこ、1981年 - )は、沖縄大学非常勤講師 (社会言語学)。沖縄県沖縄市生まれ。うちなーぐち講師。通訳翻訳者。ライター。沖縄独立論者で「琉球民族独立総合研究学会」の理事を務める。 琉球大学在学中にハワイ大学マノア校に留学。もともとは英語教育を専攻していたが、ハワイで母語の復権や主権問題に取り組む先住民族と出会ったことで、島言葉を意識するようになる。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
大城 勝太(おおしろ しょうた、1980年8月15日 - )… 大城 勝太(おおしろ しょうた、1980年8月15日 - )は、エフエム沖縄のアナウンサー。 沖縄県国頭郡伊江村(伊江島)生まれ。糸満市で育ち、2025年現在は浦添市在住。 沖縄県立向陽高等学校在学中の1998年に第45回NHK杯全国高校放送コンテストに出場し、朗読部門で優良賞を受賞。卒業後には琉球大学教育学部へ進学し(学校教育教員養成課程国語教育専修)、小中高の教員免許を取得した(中学校・高校:国語、小学校:二種免許状)。 大学を卒業後、通信制高校の八洲学園大学国際高等学校に国語科の教員として一時勤務。離職後、沖縄情報経理専門学校の講師を3か月務めた。 その後は放送業界へ転身。2003年11月にエフエム沖縄に入社し、同局のアナウンサーになる。
中 孝介(あたり こうすけ、1980年7月13日 - )は、… 中 孝介(あたり こうすけ、1980年7月13日 - )は、鹿児島県出身の男性歌手。鹿児島県名瀬市(現・奄美市名瀬)出身マネジメントはオフィスウォーカー。所属レコード会社はよしもとミュージック。 1997年、島唄を独学で始める。翌1998年5月に開催された第19回奄美民謡大賞に初出場し、努力賞を受賞。2000年には同大賞で新人賞、日本民謡協会奄美連合大会で総合優勝。 2000年10月、ジャバラレコードからシマ唄の初アルバム『アタリ』をリリース、さらにアルバム3枚と1枚のポップスのミニアルバムを出した後、その歌唱力が認められ、琉球大学卒業後の2006年にエピックレコードジャパンより、シングル『それぞれに』でメジャーデビュー。
綿涙 粉緒(めんるい こなお、1977年(昭和52年)1月1… 綿涙 粉緒(めんるい こなお、1977年(昭和52年)1月18日 - )は、日本のライトノベル作家。福岡県築上郡築上町出身。代表作は、『名湯『異世界の湯』開拓記 〜アラフォー温泉マニアの転生先は、のんびり温泉天国でした〜』。 福岡県築上郡築上町出身。三人兄弟の次男。築城町立(現築上町)上城井小学校、築城町立(現築上町)城井中学校(廃校)、福岡県立豊津高校(現育徳館中学校・高等学校)、国立琉球大学教育学部。中学時代に星新一の小説に触れ、自分でも創作ができるのではないかと考え創作を始める。その後、30年以上の下積みを経てWEB小説を書きはじめ、小説投稿サイト「ノベルアップ+」(ホビージャパン)にて2019年9月6日より連載開始。
平良 いずみ(たいら いずみ、現姓:照屋、1977年1月2日… 平良 いずみ(たいら いずみ、現姓:照屋、1977年1月2日 - )は、元沖縄テレビ放送報道制作局報道部部長でアナウンサー、映画監督。身長163cm。 沖縄県那覇市の出身で、沖縄県立那覇高等学校から琉球大学法文学部地域社会科学コースへ進学。大学卒業後の1999年に、アナウンサーとして地元の沖縄テレビ放送へ入社した。本来の志望は記者職であったが、当時の日本国内の放送局では女性の採用が少なかったことから、専門職として女性に門戸を開いているアナウンサー試験で全国の放送局を行脚したという。ちなみに沖縄テレビではアナウンサーも報道制作局の報道部に所属している。 沖縄テレビへの入社後は、沖縄ローカルの報道・情報番組に加えて、フジテレビ系列で放送される全国ネット番組(『めざましテレビ』『FNS27時間テレビ』など)にも随時出演。
大浜 郁子(おおはま いくこ、1973年 - )は日本の歴史… 大浜 郁子(おおはま いくこ、1973年 - )は日本の歴史学者。国立琉球大学人文社会学部准教授。[専門]沖縄近現代史 台湾近現代史 日本近現代史(植民統治史)。中央研究院台湾史研究所訪問學人、國立台灣大學歴史學系訪問學人、国際日本文化研究センター共同研究員、京都大学人文科学研究所共同研究員、早稲田大学琉球・沖縄研究所招聘研究員、沖縄県公文書館指定管理者制度運用委員会委員(有識者)などを歴任。早稲田大学台湾研究所招聘研究員、法政大学沖縄文化研究所国内研究員。 2008年 第12回窪徳忠琉中関係研究奨励賞 大浜郁子 Researchmap https://researchmap.jp/read0151961 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
仲新城 誠(なかしんじょう まこと、1973年〈昭和48年〉… 仲新城 誠(なかしんじょう まこと、1973年〈昭和48年〉 - )は、日本のジャーナリスト。八重山日報編集長。石垣島を拠点にし、沖縄県八重山地区の政治・経済・社会問題に関する取材編集活動を行なっている。 沖縄県石垣市生まれ。1999年3月琉球大学卒業。同年4月八重山日報社へ入社。2010年八重山日報編集長に就任。自らも取材活動を行う。 2011年、八重山地区の中学校の公民教科書に育鵬社版が採択答申されてから沸き起こる八重山地区教科書問題では、教科書問題取材班のチーフとして最前線で取材活動を行う。この取材活動を通じて“沖縄世論”の異常性を問題提起する意味で『国境の島の「反日」教科書キャンペーン ―沖縄と八重山の無法イデオロギー―』を上梓。
比嘉 俊次(ひが としつぐ、1972年11月20日 - )は… 比嘉 俊次(ひが としつぐ、1972年11月20日 - )は、RBC琉球放送のアナウンサー。ビジネス戦略室長を兼務している。 嘉手納町立屋良小学校、嘉手納町立嘉手納中学校、沖縄県立嘉手納高等学校、琉球大学社会学科卒業後、1996年琉球放送に入社(同期に狩俣倫太郎(当初は記者)、宮城麻里子)。入社以来長きに渡り夕方ニュース番組に携わってきたが2021年3月で終了したRBC THE NEWSを以って1997年4月からRBCエリアレポート出演以来足掛け24年間の歴史にピリオドを打ち4月以降はラジオを軸に活動をしている。
花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8… 花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8月3日 - )は、日本の政治家。沖繩県沖縄市長(1期)。沖縄県議会議員(4期)、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長を歴任した。 沖縄中頭郡コザ市諸見里(現・沖縄県沖縄市)出身。沖縄市立中の町小学校、沖縄市立山内中学校を経て沖縄県立北谷高等学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。4年間勤務した後、家業である化粧品の卸などを手掛ける会社に入り、代表取締役を務めた。2009年には沖縄青年会議所理事長に就任した。 2014年、琉球大学法文学部に入学。同年、沖縄県知事選挙と同日に執行された、県議会議員補欠選挙に沖縄市選挙区から初当選。県議中は、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長も務めた。
岩井 証夫(いわい あきお、1970年4月8日 - )は、日… 岩井 証夫(いわい あきお、1970年4月8日 - )は、日本の男性タレント、ナレーター。 神奈川県平塚市出身。青二プロダクション所属。 1989年、神奈川県立平塚江南高等学校卒業後、琉球大学教育学部進学の為沖縄に移住。英語をマスターするため渡米し、帰国後DJとしてデビュー。テレビ番組「BOOM BOOM」(沖縄テレビ放送)、で一躍脚光を浴び、その後はラジオでも活躍、ラジオ沖縄「チャットステーション」で沖縄のラジオファンのハートを掴む。カリスマDJとして人気絶頂だった2002年4月、突然活動拠点を東京に移し、大沢事務所(2002年4月 - 2009年8月在籍)に所属、ナレーター業に移行する。沖縄を離れた理由は2002年5月 - 6月に行われた2002 FIFAワールドカップを生観戦したかったと当時話していた。
大城 憲幸(おおしろ のりゆき、1968年9月19日 - )… 大城 憲幸(おおしろ のりゆき、1968年9月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県南城市長(1期)。大里村議会議員(1期)、南城市議会議員(3期)、沖縄県議会議員(2期)、政党そうぞう政調会長などを歴任。 沖縄県島尻郡大里村大城(現在の南城市大里大城)出身。沖縄県立南部農林高等学校、琉球大学農学部卒。JA沖縄経済連勤務を経て、1999年に就農。 2002年、大里村議会議員選挙で初当選。2006年、大里村は近隣の町村と合併し、南城市が発足。合併後の南城市議会議員に当選。下地幹郎率いる政党そうぞうに参加し、2010年、2014年の市議選は同党公認で再選。2015年、政党そうぞうが維新の党に合流したため維新の党所属となる。
松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )… 松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県浦添市長(4期)。2013年、浦添市長選で初当選。保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府浦添村(現・沖縄県浦添市)出身。浦添市立仲西小学校、浦添市立仲西中学校、興南高等学校卒業。1991年(平成3年)3月、琉球大学法文学部法政学科政治学コース卒業。東京で英国系金融コンサルティング会社に勤務したのち、1996年(平成8年)、カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。社会福祉学の修士号を取得。 浦添総合病院等に勤務したのち、2002年(平成14年)に福祉活動、まちづくり活動を主たる目的とするNPO法人を設立。
飯島 夏樹(いいじま なつき、1966年8月19日 - 20… 飯島 夏樹(いいじま なつき、1966年8月19日 - 2005年2月28日)は、日本のプロウィンドサーファー。日本人として唯一、8年連続でワールドカップに出場した。サニーサイドアップに所属していた。 愛称はなっちゃん。 妻は、DJ・エッセイストの飯島寛子。 東京都八王子市出身。幼少の頃から一流のスポーツ選手になることが夢であり、中学時代は競泳で市内最速であった。都立八王子東高校では水泳部に所属しインターハイを目指したが、腰の故障で競技継続を断念した。高校時代には体育祭の応援団長も務めていた。その後ウィンドサーフィンの道を志し、琉球大学教育学部保健体育科に進学した。 アマチュアとして米国ゴージの世界大会に出場し、プロに転向した。
宮里 立士(みやざと たつし、1966年 - 2014年)は… 宮里 立士(みやざと たつし、1966年 - 2014年)は、日本の文芸評論家。 沖縄県那覇市出身。琉球大学法文学部卒業。成蹊大学大学院文学研究科博士課程満期退学。 研究分野は日本の近代精神と琉球文学。文芸・オピニオン誌『表現者』(イプシロン出版企画、偶数月16日頃発売)に「琉球文藝考」を連載。2014年に死去した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長浜 善巳(ながはま よしみ、1965年(昭和40年)7月1… 長浜 善巳(ながはま よしみ、1965年(昭和40年)7月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県恩納村長(3期)。2006年から2014年まで2期8年にわたり恩納村議会議員を歴任した。 琉球大学卒業後、会社員のち2006年に村議に初当選し2014年まで2期(8年)務めた。恩納村議員時代は常任委員会として、総務財政文教委員会委員と議会広報委員会委員などを担当。 2015年1月18日投票日の恩納村長選挙にて3259票を獲得し、現職の志喜屋文康氏=無所属、公明推薦=を1005票差で破り、初当選した。選挙戦では当時49歳という若さをアピール。マンネリ化した村政運営を打開し、観光協会の設立や人材育成を通したまちづくりなどを掲げた。
寄川 淑仔(よせかわ よしこ 1965年1月28日 - )は… 寄川 淑仔(よせかわ よしこ 1965年1月28日 - )は、長崎放送のアナウンサーである。1988年に、長崎放送に入社。2022年3月に退社。出身地である沖縄県石垣市にUターンするとのこと。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
湯浅 泰正(ゆあさ やすまさ、1964年3月18日 - )は… 湯浅 泰正(ゆあさ やすまさ、1964年3月18日 - )は、日本のラグビー指導者。現在京都成章高校ラグビー部の総監督および同校の校長を務めている。 中学まではバスケットをやっていて、高校からラグビーを始めた。 亀岡高校、琉球大学を経て、1987年、京都成章高等学校ラグビー部の監督に就任。 2021年、監督として第100回全国高等学校ラグビーフットボール大会準優勝を経験。 2023年1月5日に行われた第102回全国高等学校ラグビーフットボール大会準決勝東福岡戦を最後に監督を退任。総監督に就任。 2023年度より京都成章高校の校長に就任。 この項目は、日本のラグビーユニオン関連人物に関連した書きかけの項目です。
徳田 安春(とくだ やすはる、1964年2月28日 - )は… 徳田 安春(とくだ やすはる、1964年2月28日 - )は、沖縄県出身の総合診療医。 1988年琉球大学医学部卒業。沖縄県立中部病院、聖路加国際病院、水戸協同病院、地域医療機能推進機構(JCHO)本部顧問などを歴任。2016年6月現在は、群星沖縄臨床研修センター長を務める。 筑波大学、聖マリアンナ医科大学、東邦大学、客員教授。獨協医大特任教授。慶應大学非常勤講師。「保健医療2035」メンバー。日本プライマリケア連合学会理事。日本病院総合診療医学会理事。JAMEP理事。日本プライマリケア連合学会英文誌 General Medicineの編集委員長(Editor-in-Chief)。
新垣 尚之 (あらかき なおゆき、1964年 - )は、日本… 新垣 尚之 (あらかき なおゆき、1964年 - )は、日本の団体職員。沖縄振興開発金融公庫理事長。 沖縄県国頭郡国頭村出身。沖縄県立辺土名高等学校を経て、1986年琉球大学法文学部卒業、沖縄振興開発金融公庫入庫。政策金利などに詳しく、1991年のパレットくもじの開業支援などにも携わった。 沖縄振興開発金融公庫新事業育成出資室長、沖縄振興開発金融公庫庶務部長、沖縄振興開発金融公庫総務部長などを経て、2022年から沖縄振興開発金融公庫融資第一部長を務めるとともに、宮古空港ターミナルビル取締役や、那覇空港ビルディング監査役、石垣空港ターミナル取締役を兼務。 2023年から沖縄振興開発金融公庫理事、沖縄県建設業審議会委員。
伊藤 清隆(いとう きよたか、1963年11月21日 - )… 伊藤 清隆(いとう きよたか、1963年11月21日 - )は、日本の実業家。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25)… 新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25) 1963年2月25日(63歳)- )は、日本の編集者、コラムニスト、随筆家、ラジオパーソナリティ、作詞家。 1963年生まれ、沖縄県那覇市出身。那覇市立城岳小学校、那覇市立上山中学校、沖縄県立那覇高等学校を経て、琉球大学法文学部社会学科社会人類学コース卒業。高校ではワンダーフォーゲルクラブに所属。大学では今帰仁村の集落にフィールドワークで赴き、住民から聞き取りを行った。 大学卒業後、内地の出版社に就職し、出版社の営業として百科事典的な本の訪問販売に従事するが、自分には合わないと感じて退社し帰郷。月刊誌『青い海』の出版社の社員募集に応じ就職したが、3ヶ月ほどで倒産したため、1986年に沖縄出版に入社。
坂本 真佐哉(さかもと まさや、1963年- )は、日本の心… 坂本 真佐哉(さかもと まさや、1963年- )は、日本の心理学者、神戸松蔭女子学院大学教授。 大分市生まれ。1986年琉球大学法文学部社会学科心理学専攻卒業。1986-89年九州大学医学部心療内科聴講生、1989年小郡まきはら病院心理・社会部臨床心理士、1991年大分医科大学医学部(現、大分大学医学部)臨床薬理学講座臨床心理士、2001年神戸松蔭女子学院大学文学部助教授、08年准教授、09年教授、2020年副学長。
小倉 剛(おぐら ごう、1962年10月22日 - 2011… 小倉 剛(おぐら ごう、1962年10月22日 - 2011年9月4日)は、日本の動物学者。沖縄島に移入されたマングースの研究を行い、外来種に関して日本を代表する研究者のひとりであったが、2011年9月、48歳で死去した。 1962年(昭和37年)大阪府に生まれ、琉球大学農学部を卒業後、民間会社に入社。その後出身大学および大学院(修士課程)である琉球大学農学部に助手として採用され、亜熱帯動物学講座の川島由次教授の指導を受けた。東京帝国大学動物学第三講座の渡瀬庄三郎教授によって1910年(明治43年)に沖縄島に導入されたフイリマングースの根絶について精力的な研究をおこなっていた。2001年には名古屋大学大学院生命農学研究科より博士(農学)の学位を授与された。
多田野 曜平(ただの ようへい、1962年〈昭和37年〉3月… 多田野 曜平(ただの ようへい、1962年〈昭和37年〉3月10日 - )は、日本の俳優、声優。福岡県北九州市出身。テアトル・エコー所属。 小学生のころから漠然と「俳優になりたい」と思っていたという。高校卒業後、日活芸術学院の監督コースへ在籍した時期がある。 1981年、琉球大学在学中に小劇場・沖縄ジァンジァンの演劇実験室「観客席」へ入団。大学卒業後はトヨタへ就職しセールスマンをしていたが、後にリンガーハットに転職して上京。だが、約半年後に俳優への道を諦められず仕事を辞め、しばらくはいくつかの劇団を渡り歩いた。 1988年、友人の勧めもありテアトル・エコー附属養成所へ入所。1990年4月からはテアトル・エコーへ研究生として所属し1994年4月に準劇団員昇格、2000年4月に劇団員に昇格した。
白 承豪(ペク・スンホ、朝: 백승호, 1962年3月 - … 白 承豪(ペク・スンホ、朝: 백승호, 1962年3月 - )は、日本在住の韓国人弁護士。在日コリアン弁護士協会代表等を経て、外国人初の日本弁護士連合会副会長。 大韓民国ソウル市生まれ。幼少時に交通事故で右腕を失った。1974年に沖縄県に移住し、沖縄県立小禄高等学校を経て、1985年琉球大学法文学部法政学科卒業。1990年旧司法試験合格。1993年大阪弁護士会弁護士登録。1994年大阪弁護士会人権擁護委員会委員。1997年兵庫県弁護士会人権擁護委員会委員。2000年日本弁護士連合会人権擁護委員会委員。2001年兵庫県精神医療審査会審査員。2003年兵庫県弁護士会副会長。2005年大韓民国外交部駐神戸大韓民国総領事館法律諮問。
宮竹 貴久(みやたけ たかひさ、1962年2月22日 - )… 宮竹 貴久(みやたけ たかひさ、1962年2月22日 - )は、日本の生物学者 である。大阪府出身であり、主に昆虫を対象とした行動生態学・進化生物学・昆虫生態学・応用昆虫学の分野で研究を行っている。現在は岡山大学大学院環境生命自然科学学域の教授を務めている。岡山大学農学部の教授を兼務している。 高槻中学校・高槻高等学校では生物部に在籍し、幅広く生物の観察・実験を行いとくに水生昆虫の調査を行った。高校卒業後、琉球大学農学部農学科に進学し、1984年に卒業した。その後、同大学大学院農学研究科に進み、昆虫学を専攻して1986年に修士課程を修了した。 沖縄県庁に勤務し、中部農業改良普及所の職員として実務に携わったのち、1990年には沖縄県農業試験場(ミバエ研究室)の研究員となり、応用的な昆虫研究の基盤を築いた。
須田 郡司(すだ ぐんじ、1962年(昭和37年) - )は… 須田 郡司(すだ ぐんじ、1962年(昭和37年) - )は、日本のフォトグラファー、巨石ハンター、巨石写真家(イワクラフォトグラファー)。群馬県沼田市出身。出雲市在住 国内や世界50カ国以上を訪ね、聖なる石や巨石を撮影。アニミズムを感じさせる原初的な石・巨石の世界に魅せられる。日本石巡礼(2003~2006)、世界石巡礼(2009~2010)を行う。2004年より巨石文化の魅力を伝えるため「石の語りべ」講演会を展開。「石の聖地」研究、巨石マップ制作、巨石ツアーのコーディネーターを行なっている。日本各地での写真展・雑誌等への発表、これを基にした著作・講演活動などを続けている。 群馬県立沼田高等学校を経て、琉球大学法文学部史学科地理学専攻を卒業。
音 好宏(おと よしひろ、1961年10月2日 - )は、日… 音 好宏(おと よしひろ、1961年10月2日 - )は、日本の社会学者。上智大学文学部新聞学科教授。専門はメディア論。株式会社TBSテレビ番組審議会委員長。株式会社BSフジ放送番組審議会委員長。株式会社インタラクティーヴィ放送番組審議会委員。放送批評懇談会理事長。株式会社囲碁将棋チャンネル番組審議会委員。北海道札幌市生まれ。
一ノ矢 充(いちのや みつる、1960年12月28日 - )… 一ノ矢 充(いちのや みつる、1960年12月28日 - )は、鹿児島県大島郡徳之島町出身で高砂部屋(入門時は若松部屋)所属の元大相撲力士。本名は松田 哲博。得意手は押し、出し投げ、肩透かし。2007年11月28日の引退時点で現役最年長力士だった。また、2017年5月27日までは昭和以降の最高齢力士の記録も保持していた。初の国立大学出身の力士でもある。血液型AB型。最高位は東三段目6枚目(1991年7月場所)。 亀津中学校、徳之島高校時代は柔道部。琉球大学理学部物理学科在学中に相撲部を興す。大学卒業後、元関脇・房錦の若松部屋に入門、国立大学出身力士としては史上初の角界入りを果たした。身長が規定に及ばず(身長165cm、合格基準173cm)新弟子検査を合格することができないまま半年ほど過ぎたが、1983年(昭和58年)11月場所の新弟子検査で身長の計測係だった鏡山親方(元横綱・柏戸)のお情けで合格、大学時代の実績がほぼ皆無であったため幕下付出の資格は得られず前相撲から初土俵を踏んだ。
中江 裕司(なかえ ゆうじ、1960年11月16日 - )は… 中江 裕司(なかえ ゆうじ、1960年11月16日 - )は、日本の映画監督。 京都府京都市出身。京都府立洛北高等学校から琉球大学農学部へ入学して以後、沖縄県で生活する。 学生時代から映画研究会で8ミリ作品を発表しており、自主映画の仲間とともにオムニバス映画『パイナップル・ツアーズ』を制作して商業映画デビュー。日本映画監督協会新人賞を受賞する。以降も、作品のほとんどは沖縄を舞台にしている。2000年に自ら監督・脚本を担当した映画『ナビィの恋』で芸術選奨新人賞、新藤兼人賞・金賞を受賞、2002年の『ホテル・ハイビスカス』では第15回東京国際映画祭審査員特別賞を受賞した。 また、2005年5月には真喜屋力らと、那覇市の閉館した映画館を「桜坂劇場」として復活(劇場支配人は真喜屋)。
目取真 俊(めどるま しゅん、1960年10月6日 - )は… 目取真 俊(めどるま しゅん、1960年10月6日 - )は、日本の小説家、政治活動家。芥川賞受賞者。本名、島袋正。 沖縄県国頭郡今帰仁村出身。沖縄県立北山高等学校を経て琉球大学法文学部卒業。期間工、警備員、塾講師などを経て県立高校の国語教師を務めるが、2003年に退職。 在職中の1997年に『水滴』で第117回芥川賞を受賞。この時選考委員だった日野啓三は「また沖縄か、という人が少なくないだろう」、石原慎太郎は「またしても沖縄という感じだが」と発言したが、仲程昌徳は「沖縄文学の水準はそれほど高くなっていた」と語る。 沖縄の自然や風土、歴史に根ざした小説を発表している。『水滴』『魂込め』には、沖縄戦の記憶を背負って生きる庶民の姿が描かれている。
前津 盛和(まえつ もりかず、1960年1月6日 - )は、… 前津 盛和(まえつ もりかず、1960年1月6日 - )は、日本の内閣府官僚。ノンキャリアとして初めて内閣府沖縄総合事務局次長を務めた。 沖縄県石垣市生まれ。琉球大学在学中の1981年に国家公務員採用中級(行政 沖縄)試験合格。1982年琉球大学法文学部卒業、沖縄開発庁沖縄総合事務局入局。 1984年総務局会計課に異動。1992年沖縄総合事務局総務部公正取引室審査専門官。2000年総務局企画課企画第三係長。2001年内閣府政策統括官(沖縄担当)付参事官(中長期担当)付主査(中長期計画第1担当)。2005年内閣府沖縄総合事務局総務部調査企画課調査官。 2012年内閣府沖縄総合事務局総務部監査官。2013年内閣府沖縄総合事務局総務部主任調査。
天願 大介(てんがん だいすけ、本名:今村 大介、1959年… 天願 大介(てんがん だいすけ、本名:今村 大介、1959年12月14日 - )は、日本の脚本家、映画監督。日本映画大学映画学部長を経て2017年より学長。「天顔大介」という表記は誤りである。三池崇史監督とのコンビで知られている。 映画監督今村昌平の長男として東京都に生まれる。今村昌平が設立した日本映画学校で専任講師をし俳優科担任も受け持つ。 東京都立秋川高等学校卒業後、琉球大学法文学部に入学。卒業後の1983年、寺山修司監督の『さらば箱舟』に美術スタッフとして参加する。高校時代の同級生にミュージシャンの直枝政広、先輩に浅野祥之がいる。 1984年新潮社に入社後は雑誌編集などをしていたが、1990年、初めて脚本・監督をつとめた『妹と油揚』でぴあフィルムフェスティバル(PFF)審査員特別賞などを受賞し、バンクーバー国際映画祭などから招待を受け、高評価を受ける。
瑞慶覧 長敏(ずけらん ちょうびん、1958年〈昭和33年〉… 瑞慶覧 長敏(ずけらん ちょうびん、1958年〈昭和33年〉10月24日 - )は、日本の政治家。沖縄県南城市長(1期)、衆議院議員(1期)を務めた。 琉球政府島尻郡大里村(現:沖縄県南城市大里)に生まれる。ワシントン州立セントラル・ワシントン大学経済学部を卒業後、琉球大学法文学部経済学科に編入し、1986年に卒業。大学卒業後、大阪府や沖縄県で英語教育に従事した。 2009年、第45回衆議院議員総選挙に沖縄4区から民主党公認で出馬し、自由民主党前職の西銘恒三郎を破り、初当選した。 2011年6月2日の衆議院本会議における菅第2次改造内閣不信任決議案の採決では、党の反対方針に反して本会議を欠席し、投票を棄権した。
又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は… 又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は日本の政治家。宜野湾市議(4期)を経て、沖縄県議(3期目)を務める。 1957年11月20日、宜野湾市我如古に生まれる。1976年、沖縄県立普天間高等学校卒業。1981年、琉球大学短期大学部機械工学科卒業。1990年、我如古自治会会長に就任する。1994年、宜野湾市議会議員選挙に立候補して、初当選を果たす。2002年、市議選に3選を目指して立候補したが、定数30に対し33位で落選した。2006年、市議選に無所属で立候補し、28人中4位で3選を果たし、返り咲きを果たした。2010年9月12日、市議選で28人中7位で4選を果たした。2012年3月17日、沖縄県議会議員選挙に宜野湾市選挙区から立候補する意向を表明した。