スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
西田 瑞歩(にしだ みずほ、2002年9月17日 - )は、… 西田 瑞歩(にしだ みずほ、2002年9月17日 - )は、沖縄県沖縄市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のザ・テラスホテルズ ラティーダ琉球所属。 沖縄市立美東中学校時代は2017年の第26回JOCジュニアオリンピックカップに沖縄県選抜として出場し、有望選手に選ばれた。 沖縄県立コザ高等学校へ進学後の2018年に第22回日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。2019年には第8回ユースアジア選手権の日本代表U-18に選ばれた。 高校卒業後は大阪体育大学へ進学。同期には石川空、中村理乃、濵口まお、福井すみれ、吉野珊珠、坪井詩らが在籍。 2024年12月31日に日本ハンドボールリーグのザ・テラスホテルズ ラティーダ琉球へ加入。
普久原 琉(ふくはら りゅう、2000年11月3日 - )は… 普久原 琉(ふくはら りゅう、2000年11月3日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン横浜キヤノンイーグルスに所属するラグビー選手。 5歳からラグビーを始めた。 2019年、コザ高校卒業後、日本大学に入る。コザ高校時代、主将を務めて高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2023年、日本大学卒業。同時に横浜キヤノンイーグルスに加入。 2024年1月7日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第4節三菱重工相模原ダイナボアーズ戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
饒平名 悠斗(よへな ゆうと、2000年9月23日 - )は… 饒平名 悠斗(よへな ゆうと、2000年9月23日 - )は、ラグビーユニオン選手。 沖縄県沖縄市出身。5歳からラグビーを始めた。 コザ高校時代、高校日本代表候補に選ばれた。 2019年、日本大学に入る。 2023年、三重ホンダヒートに加入。 2024年9月15日(日)午前7時ごろ、道路交通法違反(酒気帯び運転)で検挙された選手の車に同乗していた。三重ホンダヒートは、饒平名に対し譴責(けんせき)とチーム対外活動参加禁止6か月間の処分を行った。 2025年5月31日、三重ホンダヒート退団を発表。
當眞 琢(とうま たく、1996年9月21日 - )は、ジャ… 當眞 琢(とうま たく、1996年9月21日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンNECグリーンロケッツ東葛に所属するラグビー選手。 2015年、コザ高校卒業後、帝京大学に入る。なおコザ高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2019年、帝京大学卒業後、NECグリーンロケッツ(現・NECグリーンロケッツ東葛)に加入。 2020年1月26日にジャパンラグビートップリーグ第3節キヤノンイーグルス戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。
我如古 龍生(がねこ りゅうき、1996年4月27日 - )… 我如古 龍生(がねこ りゅうき、1996年4月27日 - )は、沖縄県出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの琉球コラソン所属。 環太平洋大学時代は2017年の中四国学生ハンドボール選手権大会春季リーグで優秀選手賞を受賞。秋季リーグではベストセブンに選ばれた。 2019年に日本ハンドボールリーグの琉球コラソンへ加入。
仲本 百合香(なかもと ゆりか、1995年2月4日 - )は… 仲本 百合香(なかもと ゆりか、1995年2月4日 - )は、日本のモデル、タレント。ミス・スプラナショナル2018に日本代表として出場したことで知られる。 バレーボール指導者の仲本賢一郎は父であり、バレーボール選手の仲本賢優は、弟である。 1995年2月4日、沖縄県中頭郡西原町小那覇に生まれる。 2001年4月1日、西原町立西原東小学校入学。バレーボール指導者である父の影響もあり、小学校在学中にバレーボールを始める。 2007年4月1日、宜野湾市立真志喜中学校入学。中学校2年のとき脊椎側弯症を発症。装具治療を行うが症状は進行する。左右非対称に変形した体で人前に出ることをためらう。中学3年生の時、沖縄県選抜選手に選出され全国大会へ出場。
桑江 健一郎(くわえ けんいちろう、1994年10月24日 … 桑江 健一郎(くわえ けんいちろう、1994年10月24日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2013年、コザ高校卒業後、流通経済大学に入る。 2017年、流通経済大学卒業後、クボタスピアーズ(現・クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)に加入。 2018年1月14日に行われたジャパンラグビートップリーグ総合順位決定トーナメント第2節の豊田自動織機シャトルズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たした。 2022年、現役を引退した。
比屋根 裕樹(ひやね ゆうき、1994年8月19日 - )は… 比屋根 裕樹(ひやね ゆうき、1994年8月19日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2013年、コザ高校卒業後、東海大学に入る。なおコザ高校、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2017年、東海大学卒業後、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。同年9月10日に行われたジャパンラグビートップチャレンジリーグ1stステージ第1節の釜石シーウェイブス戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2021年、現役を引退した。
屋比久 知奈(やびく ともな、1994年6月6日 - )は、… 屋比久 知奈(やびく ともな、1994年6月6日 - )は、日本のミュージカル女優、声優、歌手。 沖縄県沖縄市出身。琉球大学法文学部国際言語文化学科英語文化専攻卒業。ビクターミュージックアーツ所属。2017年3月10日に日本公開されたディズニー映画『モアナと伝説の海』で主人公モアナの吹き替えに抜擢されデビュー。 1994年6月6日、沖縄県沖縄市に生まれる。母親がバレエの先生だったことから、4歳からバレエを始める。 沖縄県立コザ高等学校卒業後、好きな英語を使う仕事がしたいと琉球大学法文学部国際言語文化学科英語文化専攻へ進学。大学在学中、同専攻の授業で2年時に取り組んだ英語ミュージカル『フットルース』でヒロインを演じる。
辻 恵子(つじ けいこ、1993年10月9日 - )は、日本… 辻 恵子(つじ けいこ、1993年10月9日 - )は、日本の空手選手。ミス・ユニバース2014に日本を代表して出場したことで知られる。 1993年10月9日、沖縄県名護市に生まれる。小学校在学中(本人によると3年生頃)に空手を始める。名護市立大宮中学校卒業の後2009年4月、沖縄県立コザ高等学校入学。 2010年5月29日、平成22年度沖縄県総合体育大会の「女子個人組手」で第1位。2011年4月30日、沖縄県高等学校空手道夏季大会の「女子個人組手」で優勝。同年5月27日、沖縄県高等学校総合体育大会の「女子個人組手」で第1位。2011年、地元誌『オキナワグラフ』の制服紹介コーナーにコザ高校代表として掲載された。
満島 真之介(みつしま しんのすけ、1989年5月30日 -… 満島 真之介(みつしま しんのすけ、1989年5月30日 - )は、日本の俳優。沖縄県出身。Veleta104所属。 姉は満島ひかり。妹は満島みなみ。弟は満島光太郎。 沖縄市立沖縄東中学校、沖縄県立コザ高等学校卒業(バスケットボール沖縄県選抜の経験あり)。高校卒業後、沖縄から上京した当時について「日本体育大学に入ろうとしたけど、ポロシャツの服装を笑われて大学行くのをやめた」とインタビューで語っている。その後、東京で学童保育の保育補助のアルバイトをしたり、映画『ちゃんと伝える』で演出助手を務めたりしていた。2009年の5月から11月までの計7か月間、自転車での日本一周に挑戦。北海道から鹿児島県まで全国各地を回った。
比嘉 幹貴(ひが もとき、1982年12月7日 - )は、沖… 比嘉 幹貴(ひが もとき、1982年12月7日 - )は、沖縄県沖縄市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、プロ野球コーチ。現在はオリックス・バファローズの一軍投手コーチを務める。 高校教諭で野球部監督だった父の影響で幼い頃から野球に親しみ、小学3年生の時に少年野球チームに入団する。中学に入ると左膝の離断性骨軟骨炎を発症し、運動が出来ない2年間を過ごすが、3年時から再び運動が出来るようになり、軟式野球部に入部し、公式戦にも1試合だけ出場した。 沖縄県立コザ高等学校では無名であったが、国際武道大学ではリーグ通算29勝を挙げ、日立製作所に入社。入社5年目の2009年、三菱自動車岡崎との第80回都市対抗野球大会1回戦で7回5安打無失点と好投し、同大会4年ぶりの勝利をチームにもたらした。
比嘉 麻乃(ひが あさの、1974年5月22日 - )は、日… 比嘉 麻乃(ひが あさの、1974年5月22日 - )は、日本の政治家。沖縄県中城村長(1期)。元中城村議会議員(3期)。 沖縄県那覇市久茂地生まれ。中学生の頃から観光バスガイドになりたかった比嘉は1993年3月に沖縄県立コザ高等学校を卒業すると、琉球バス株式会社(現・株式会社琉球バス交通)に就職した。バスガイドをしながら選挙の車上運動員(ウグイス嬢)も約20年間務めた。 車上運動員を長く務めるなかで、中城村長の浜田京介と知り合う。浜田から2016年5月31日告示・6月5日投票の中城村議会議員補欠選挙(定数2)への立候補をうながされ、数回断るも、浜田の子育て支援施策に感銘を受け立候補を決意した。
嵩元 盛兼(たけもと せいけん、 (1955-04-25) … 嵩元 盛兼(たけもと せいけん、 (1955-04-25) 1955年4月25日(71歳) - )は、日本の実業家、教育行政関係者。元沖縄セルラー電話常務取締役、元浦添市教育長。 沖縄県沖縄市出身。沖縄県立コザ高等学校を経て、国費沖縄学生制度により金沢大学へ進学した。 1981年、琉球石油株式会社(現・りゅうせき)に入社した。その後、参議院議員・稲嶺一郎の秘書を務めた。 1991年、沖縄セルラー電話営業部長に就任し、1994年に同社取締役営業部長に就任した。以後、取締役管理部長、取締役法人営業部長、取締役役員室長などを歴任した。2007年に常務取締役内部統制・リスク管理部門担当兼役員室長、2009年に常務取締役リスク管理部門担当兼渉外・広報部長となり、2010年6月に常勤監査役に就任した。
佐渡山 豊(さどやま ゆたか、1950年12月8日 - )は… 佐渡山 豊(さどやま ゆたか、1950年12月8日 - )は、日本のシンガーソングライターである。 学習研究社が1981年に刊行した『NEW MUSIC'81 ニューミュージック事典』の「アーティスト名鑑」での「佐渡山豊」の項目には「生年月日・出身地とも不詳」と書かれている。沖縄県コザ市出身。琉球大学農学部で農芸科学を専攻。 吉田拓郎、加川良、泉谷しげる、岡林信康のファン。琉球大学1年のとき、沖縄にも若者の新しいオリジナル・フォークを作ろうと「沖縄フォーク村」を結成。一年で約40人になったが、半分は女性だった。返還前の沖縄はロックが盛んでフォークを発表する場は那覇市に2カ所ホールがある程度でレベルも低く、マイクやスピーカーなどの機材も放送局からの借り物を使った。
知念 正真(ちねん せいしん、1941年12月4日 - 20… 知念 正真(ちねん せいしん、1941年12月4日 - 2013年9月25日)は、沖縄県沖縄市出身の劇作家、演出家。 1941年生まれ。沖縄県立コザ高等学校卒業。二松學舍大学中退。 琉球放送勤務を経て、劇団創造に所属する。 1976年に『人類館事件』より発想を得た『人類館』を雑誌『新沖縄文学』33号に発表。1978年に『人類館』で岸田國士戯曲賞を受賞する。 2013年9月25日に肝臓がんのため死去。71歳没。
三田 信一(みた しんいち、1940年 - 2000年2月2… 三田 信一(みた しんいち、1940年 - 2000年2月25日)は、日本の木管楽器奏者、作曲家。 1940年、沖縄県越来村(現沖縄市)で、大阪出身の父と沖縄出身の母の間に生まれる。 沖縄県立コザ高等学校卒業後、フルートや尺八の奏者として嘉手苅林昌、玉城安定らのコンサートやレコーディングに木管楽器奏者として参加。手先が器用で、マッチ棒を数千本を組み合わせて尺八を手作りした逸話がある。 作曲家としてフォーシスターズが歌い、沖縄県だけで10万枚を売上げる大ヒットとなった「ちんぬくじゅうしい」のほか、「ウーマクカマデー」(以上、朝比呂志作詞)「たうちー一代(作詞:上原直彦)」「軽便鉄道節(作詞:徳田安周)」などの曲を書き上げる。
東 峰夫(ひがし みねお、1938年5月15日 - )は、日… 東 峰夫(ひがし みねお、1938年5月15日 - )は、日本の小説家。本名、東恩納常夫。
新川 秀清(あらかわ しゅうせい、1937年1月1日 - )… 新川 秀清(あらかわ しゅうせい、1937年1月1日 - )は、日本の政治家、沖縄市長、沖縄県議会議員などを歴任した。 1937年、越来村仲原(後の沖縄市の一部)に生まれ、コザ高等学校に学ぶ。 高校卒業後、沖縄群島社会福祉協議会(のち、沖縄社会福祉協議会:沖縄県社会福祉協議会の前身)に勤務する。この頃には、地元のコザ市山里で青年会長を務めており、1958年ころには、それまで男性だけが踊っていたエイサーへの女性の参加を進めるなどした。 1967年に当時のコザ市役所に入り、経済民生部長を務め、沖縄市となった後には福祉部長、経済部長、中部広域市町村協議会事務局長などを歴任し、1989年に退職した。 1990年の沖縄市長選挙に、日本社会党、日本共産党、沖縄社会大衆党の推薦と、公明党の支持を得て出馬し、4選を目指していた現職の桑江朝幸を破って初当選を果たした。
安次富 盛信(あしとみ せいしん、1930年(昭和5年)12… 安次富 盛信(あしとみ せいしん、1930年(昭和5年)12月13日 - 2011年(平成23年)4月13日)は、日本の政治家。元沖縄県宜野湾市長。 沖縄県出身。コザ高等学校卒業。1957年(昭和32年)から宜野湾市議会議員4期を経て、1977年(昭和52年)宜野湾市長に当選した。 任期中の1983年(昭和58年)10月8日、西銘順治沖縄県知事に普天間飛行場移転を要請した。1985年(昭和60年)7月、落選した。
来兎(らいと、本名:久場 超(くば まさる)、1月30日 -… 来兎(らいと、本名:久場 超(くば まさる)、1月30日 - )は日本のゲーム音楽作曲家。沖縄県沖縄市出身。株式会社リサレコ代表。 少年時代は新聞配達のアルバイトで稼いだお金をゲームセンターにつぎ込むほどのゲーム好きだったという。 1997年~2000年の間、沖縄県で同人ゲームサークル「NEXT」を主催。「ウィザーススター」などを手がける。NEXT解散後上京し、渡辺製作所やフランスパンで活動。 2005年頃より、ボーカリストの綾菓と音楽ユニット「風葉」(かざは)を結成し、都内を中心にライブ活動を開始。後に「風葉」は活動休止したが綾菓とは2020年現在もビジネスパートナーとして活動を共にしている。
辺土名 斉朝(へんとな ただとも)は、日本のラグビー指導者。… 辺土名 斉朝(へんとな ただとも)は、日本のラグビー指導者。現在コザ高校ラグビー部の監督を務めている。沖縄県出身。 その後宮古高校・名護高校のラグビー部監督を歴任して、2019年、コザ高校ラグビー部の監督に就任。 2025年、沖縄県ラグビーフットボール協会の理事長に就任。