新川 秀清(あらかわ しゅうせい、1937年1月1日 - )は、日本の政治家、沖縄市長、沖縄県議会議員などを歴任した。 1937年、越来村仲原(後の沖縄市の一部)に生まれ、コザ高等学校に学ぶ。 高校卒業後、沖縄群島社会福祉協議会(のち、沖縄社会福祉協議会:沖縄県社会福祉協議会の前身)に勤務する。この頃には、地元のコザ市山里で青年会長を務めており、1958年ころには、それまで男性だけが踊っていたエイサーへの女性の参加を進めるなどした。 1967年に当時のコザ市役所に入り、経済民生部長を務め、沖縄市となった後には福祉部長、経済部長、中部広域市町村協議会事務局長などを歴任し、1989年に退職した。 1990年の沖縄市長選挙に、日本社会党、日本共産党、沖縄社会大衆党の推薦と、公明党の支持を得て出馬し、4選を目指していた現職の桑江朝幸を破って初当選を果たした。
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