スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
盛島 稜大(もりしま りょうた、2004年5月27日 - )… 盛島 稜大(もりしま りょうた、2004年5月27日 - )は、沖縄県宮古島市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 宮古島市立城辺小学校時代から「城辺ベースボールクラブ」で軟式野球を始め、宮古島市立鏡原中学校では同校の軟式野球部に所属する。 高校は同県那覇市の興南高校に進学。3年生の夏の第104回全国高等学校野球選手権大会に出場を果たすも、1回戦の対船橋市立船橋高等学校戦において、9回1死満塁でサヨナラ死球を与え敗れる。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト14巡目指名され、11月18日、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達した。
北斗(ほくと、本名:大山 北斗〈おおやま ほくと〉、2004… 北斗(ほくと、本名:大山 北斗〈おおやま ほくと〉、2004年3月10日 - )は、沖縄県糸満市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼少期は沖縄県浦添市で過ごし小学校2年生まで浦添市立当山小学校にてハンドボールに打ち込んでいた。 京都市立向島南小学校3年の時に向島シャークスに入団し野球を始める。2学年先輩には現東北楽天イーグルスの林優樹がいた。 糸満市立兼城中学校では軟式野球部に所属していた。 興南高等学校では2学年先輩に現オリックス・バファローズの宮城大弥がいた。甲子園出場はなく3年時の第103回全国高等学校野球選手権沖縄大会ではベスト8であった。1、2年生の時はエースを山城京平に譲っていたが、3年生の大会時にはエースナンバー「1」を背負っていた。
山城 京平(やましろ きょうへい、2003年9月20日 - … 山城 京平(やましろ きょうへい、2003年9月20日 - )は、沖縄県糸満市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 興南高等学校では同校OBでコーチ、同じ左投手の島袋洋奨から指導を受けた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は沖縄大会準々決勝で敗退した。2学年上に宮城大弥がいた。 高校卒業後は亜細亜大学へ進学。4年春のリーグ戦で最優秀防御率に輝き、日米大学野球選手権大会の日本代表にも選出された。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから3位指名を受けた。11月14日に契約金6000万円、年俸1000万円で仮契約した。背番号は36。 2026年、3月29日に行われた阪神タイガースとの開幕第3戦目でプロ初登板・初先発したが、2回0/3を3安打5四死球5失点で降板した。
伊禮 颯雅(いれい そあ、2003年5月19日 - )は、沖… 伊禮 颯雅(いれい そあ、2003年5月19日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ紡織九州レッドトルネードSAGA所属。 兄も同じくハンドボール選手の伊禮雅太。 浦添市立神森中学校時代は2017年の全国中学校大会で優秀選手に選ばれた。 2018年は全国中学校大会で優勝し、2年連続で優秀選手に選ばれた。大会後、日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。12月には第27回JOCジュニアオリンピックカップに沖縄県選抜として出場し、7年ぶりの優勝に貢献。伊禮は「オリンピック有望選手」に選ばれた。 興南高等学校進学後の2019年は2年連続で日本代表U-16に選ばれ、日韓スポーツ交流に参加。
伊禮 雅太(いれい うた、2001年7月14日 - )は、沖… 伊禮 雅太(いれい うた、2001年7月14日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のジークスター東京所属。 弟も同じくハンドボール選手の伊禮颯雅。 浦添市立神森中学校時代は2016年に地元で行われた第25回JOCジュニアオリンピックカップに浦添市選抜として出場し、優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は興南高等学校へ進学。2017年は第21回日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出された。 2019年は第27回日韓中ジュニア交流競技会の高校日本代表に選出。 高校卒業後は中央大学へ進学。 2021年12月に日本ハンドボールリーグのジークスター東京へ期限付きで加入。
西原 雄聖(にしはら ゆうせい、2001年5月5日 - )は… 西原 雄聖(にしはら ゆうせい、2001年5月5日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城所属。 浦添市立神森中学校時代は2016年に日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。同年12月には第25回JOCジュニアオリンピックカップに浦添市選抜(開催地枠)として出場し、ベスト4に入賞。伊禮雅太と共に優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は興南高等学校へ進学。2017年は前年に続いて日本代表U-16に選ばれ、日韓スポーツ交流に参加。 2019年は第27回日韓中ジュニア交流競技会の高校日本代表に選ばれた。 高校卒業後は福岡大学へ進学。
勝連 大稀(かつれん はるき、2001年4月30日 - )は… 勝連 大稀(かつれん はるき、2001年4月30日 - )は、 沖縄県宜野湾市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。現在はクラブチーム・Again Baseball Club所属。 興南高等学校時代は、2年生時の2018年、第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場し、8打数5安打の記録を残した。 2019年10月17日、プロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより、育成ドラフト4巡目で指名された。ドラフト指名後の会見では、チームメイトでオリックス・バファローズから支配下枠1巡目で指名された宮城大弥と(プロ野球で)対戦して打ちたいと抱負を述べた。10月31日、支度金300万円、年俸360万円(いずれも推定)で契約に合意した。
石嶺 秀(いしみね しゅう、2000年11月12日 - )は… 石嶺 秀(いしみね しゅう、2000年11月12日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の豊田合成ブルーファルコン名古屋所属。 興南高等学校時代は2018年に第6回U-22東アジア選手権の日本代表U-22(U-19で構成)、第8回ユースアジア選手権の日本代表U-19に選出された。8月には日韓中ジュニア交流競技会の高校日本代表に選ばれている。 高校卒業後は東海大学へ進学。2022年の春季リーグでは敢闘賞を受賞した。 2023年1月に日本ハンドボールリーグの豊田合成へ加入。 2024年10月に行われた日本代表の強化合宿に参加し、11月からの海外遠征(エジプト)に参加。
大山 盛一郎(おおやま じょういちろう、2000年11月3日… 大山 盛一郎(おおやま じょういちろう、2000年11月3日 - )は、沖縄県那覇市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。 幼稚園頃から野球を始める。那覇市立城北中学校時代は浦添ボーイズでプレー。3年夏にジャイアンツカップに出場したが、初戦敗退を喫した。 興南高等学校時代は2年秋より遊撃手のレギュラーを取り、九州大会に2番遊撃で全試合スタメン出場した。翌3年の夏は5番三塁出場するが、[要出典]大会中に肘のけがを発症し、本大会では出場なく、[要出典]2回戦で木更津総合高等学校に敗戦した。1学年下に宮城大弥、勝連大稀がいた。 大学や社会人野球からの誘いがない中、アメリカへの野球留学の記事を雑誌で見つけ、高校卒業後の2019年春に渡米した。
新垣 比菜(あらかき・ひな、1998年12月20日 - )は… 新垣 比菜(あらかき・ひな、1998年12月20日 - )は、沖縄県具志川市(現:うるま市)出身の日本の女性プロゴルファーである。所属はダイキン工業。 うるま市立兼原小学校、うるま市立具志川中学校、興南高等学校をそれぞれ卒業。 宮里藍への憧れと父親の影響により8歳の時にゴルフを始め、沖縄県名護市のエナジックゴルフアカデミーに入校して腕を磨く。 2011年、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)ツアー「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」に出場、12歳2ヶ月は大会史上最年少出場となった。また同大会では中学2年時から高校3年間の5年連続(2013年〜2017年)でベストアマチュアを獲得している。
野原 暉央(のはら あきひさ、1998年7月24日 - )は… 野原 暉央(のはら あきひさ、1998年7月24日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。 沖縄県出身。ポジションはSG。B3リーグ・しながわシティ所属。 うるま市立あげな小学校を経て、あげな中学校に入学。第40回沖縄県中学校総合体育大会優勝。県選抜に選ばれ、第26回ジュニアオールスターを準優勝した。 興南高等学校では、3年次に2016年インターハイ出場、第47回ウインターカップベスト16となった。第15回沖縄市長杯高等学校バスケットボールおきなわカップでは帝京長岡高等学校(新潟)に次ぐ2位となり、敢闘賞に選ばれた。 大東文化大学では、3年次に2019年インカレ3位、4年次に2020年インカレ4位となった。
川上 勝太(かわかみ しょうた、1997年11月22日 - … 川上 勝太(かわかみ しょうた、1997年11月22日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の安芸高田わくながハンドボールクラブ所属。 浦添市立浦添中学校時代は2012年の全国中学校大会で優秀選手賞を受賞。 興南高等学校では2015年の第3回U-22東アジア選手権の日本代表U-22(U-19で構成)、第6回ユース世界選手権の日本代表U-19に選出。 高校卒業後は日本体育大学へ進学。 2016年は第15回ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出。 2019年は秋季リーグで14季ぶりの優勝を果たし、最優秀選手賞を受賞した。同年の全日本学生選手権大会(インカレ)では決勝に進出するも、筑波大学に1点差で敗退。
宮國 央芽(みやぐに おうが、1996年9月16日 - )は… 宮國 央芽(みやぐに おうが、1996年9月16日 - )は、沖縄県出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグのジークスター東京所属。 興南高等学校時代は2014年の全国高等学校ハンドボール選抜大会で優勝し、優秀選手賞を受賞した。8月の全国高等学校総合体育大会ハンドボール競技大会(インターハイ)も制し、同大会でも優秀選手賞を受賞。10月の国民体育大会も優勝し、「高校3冠」を達成した。 高校卒業後は日本大学へ進学。2018年に行われたジャパンカップの関東学連エキシビションマッチ東西対抗戦で西軍メンバーに選出された。 2019年に東京トライスターズへ加入。背番号は「16」。
伊舎堂 博武(いしゃどう ひろむ、1996年5月16日 - … 伊舎堂 博武(いしゃどう ひろむ、1996年5月16日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手。 浦添市立仲西中学校時代は2011年の第20回JOCジュニアオリンピックカップで優勝し、優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は興南高等学校へ進学。2012年は日本代表U-16に選出された。 2014年は第6回アジアユース選手権の日本代表U-19に選出。同年の全国高等学校ハンドボール選抜大会では優勝し、優秀選手賞を受賞。8月の全国高等学校総合体育大会ハンドボール競技大会(インターハイ)も制し、同大会でも優秀選手賞を受賞した。10月の国民体育大会も優勝し、「高校3冠」を達成。 高校卒業後は早稲田大学へ進学。
高良 一輝(たから かずき、1994年6月25日 - )は、… 高良 一輝(たから かずき、1994年6月25日 - )は、沖縄県豊見城市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
津波古 駿介(つはこ しゅんすけ、1994年1月18日 - … 津波古 駿介(つはこ しゅんすけ、1994年1月18日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の豊田合成ブルーファルコン名古屋所属。 東海大学時代は2014年に第2回U-22東アジア選手権の日本代表に選出された。 2015年は関東学生ハンドボール・春季リーグで東海大学の初優勝に貢献し、優秀選手に選ばれた。 2016年に日本ハンドボールリーグの豊田合成へ加入。 2026年4月14日、2025-26年シーズン限りで現役を引退することを発表した。
東江 雄斗(あがりえ ゆうと、1993年7月6日 - )は、… 東江 雄斗(あがりえ ゆうと、1993年7月6日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のジークスター東京所属。 実兄も同じくハンドボール選手の東江太輝。 父が元実業団のハンドボール選手、母が体育大学出身で国体出場経験のあるハンドボール選手という家庭環境でハンドボールを始める。浦添市立神森中学校時代は2008年に沖縄県選抜のメンバーとして第17回JOCジュニアオリンピックカップで優勝を経験し、最優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は興南高等学校へ進学。2010年3月の全国高等学校ハンドボール選抜大会では有望選手に選ばれた。大会後は第4回男子ユースアジア選手権の日本代表U-19に選出。
満島 光太郎(みつしま こうたろう、1993年〈平成5年〉7… 満島 光太郎(みつしま こうたろう、1993年〈平成5年〉7月3日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で現在は指導者。沖縄県沖縄市出身。現役時代のポジションはポイントガード。 沖縄市生まれ。父親は体育教師で、指導する中学校のバスケットボール部を全国優勝に導く実績を持つ。長姉は女優の満島ひかり、兄は俳優の満島真之介、次姉はモデルの満島みなみ。 沖縄市立沖縄東中学校卒業。興南高等学校に進学後、2011年のウィンターカップでは1回戦の富山県立富山商業高等学校から14得点を奪い勝利に貢献。続く洛南高等学校戦には敗れたものの、満島は40分間フル出場しチーム最多の17得点を挙げた。 2012年、拓殖大学入学。
大城 滉二(おおしろ こうじ、1993年6月14日 - )は… 大城 滉二(おおしろ こうじ、1993年6月14日 - )は、オリックス・バファローズ所属の沖縄県島尻郡豊見城村(現在の豊見城市)出身のプロ野球選手(内野手)。
玉城 慶也(たまき けいや、1992年11月21日 - )は… 玉城 慶也(たまき けいや、1992年11月21日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷でアナリストとスカウトを担当するほか、ジュニアチームであるブレイヴキングス刈谷U12で監督を務めている。 興南高等学校時代は2009年に男子ユースオリンピックアジア予選の日本代表U-19に選出。2010年には第4回男子ユースアジア選手権の日本代表U-19に選ばれた。 高校卒業後は早稲田大学へ進学し、2012年に第13回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出された。 2014年は春季リーグ・秋季リーグで最優秀選手を受賞。
島袋 洋奨(しまぶくろ ようすけ、1992年10月24日 -… 島袋 洋奨(しまぶくろ ようすけ、1992年10月24日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。
山田 隼也(やまだ としや、1991年6月6日 - )は、沖… 山田 隼也(やまだ としや、1991年6月6日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手、指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城所属。 興南高等学校時代は2007年に日本代表U-16に選出。 2009年は全日本高等学校ハンドボール選手権大会(インターハイ)で優勝し、優秀選手に選ばれた。 高校卒業後は早稲田大学へ進学。2011年の関東学生ハンドボール・秋季リーグで優秀新人賞を受賞。 2013年は春季リーグで4季ぶりの優勝を果たし、優秀選手に選出。秋季リーグでは連覇を達成し、2季連続で優秀選手に選ばれた。11月の全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)では25年ぶりの優勝に貢献し、優秀選手賞を受賞した。
喜友名 諒(きゆな りょう、1990年〈平成2年〉7月12日… 喜友名 諒(きゆな りょう、1990年〈平成2年〉7月12日 - )は、日本の空手家。沖縄県沖縄市出身。劉衛流龍鳳会(りゅうえいりゅう りゅうほうかい)所属。興南高等学校、沖縄国際大学卒業。2021年開催の東京オリンピック 空手男子 形 金メダリスト。 5歳で空手を始め、中学3年から佐久本嗣男に師事。世界空手道選手権大会の個人形で2014年・2016年・2018年・2021年と世界史上唯一の大会4連覇を達成しており、同大会の団体形では同じ沖縄劉衛流龍鳳会所属の金城新、上村拓也とともに2016年・2018年と大会2連覇している(2021年大会の団体形は喜友名不出場だが日本は優勝している)。また、オリンピックと世界選手権で共に優勝という男子空手 形で世界史上唯一の偉業を達成した。
山内 盛久(やまうち もりひさ、1990年〈平成2年〉3月2… 山内 盛久(やまうち もりひさ、1990年〈平成2年〉3月23日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県沖縄市出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。B.LEAGUE・サンロッカーズ渋谷に所属している。 興南高校から尚学院国際ビジネスアカデミーに進み、卒業後の2010年、琉球ゴールデンキングスの練習生となる。 2011年、bjリーグドラフト会議にて、琉球ゴールデンキングスより育成ドラフト9位指名を受け、選手契約。 以後、bjリーグ時代の琉球では主力選手として活躍。琉球を3度の優勝に貢献した。2016年9月、bjリーグは実業団主体のリーグだったNBLと統合し、完全プロリーグのB.LEAGUEが発足した。
宮里 美香(みやざと みか、1989年10月10日 - )は… 宮里 美香(みやざと みか、1989年10月10日 - )は、沖縄県那覇市出身の日本の女子プロゴルファーである。所属はNTTぷらら。同じ沖縄県出身のプロゴルファーの宮里聖志、宮里優作、宮里藍3兄弟とは縁戚関係はない。 父親に練習場に連れて行ってもらったのをきっかけに、8歳からゴルフを始める。 2003年日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)ツアー「ダイキンオーキッドレディースゴルフトーナメント」のアマチュア選手権大会で優勝。これにより同大会の本戦出場権を得て、アマチュアとしてJLPGAツアー初出場を果たす。 2004年は3月の「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」で8位タイの後、6月の「日本女子アマチュアゴルフ選手権競技」で優勝。
岸本 行央(きしもと ゆきお、1989年8月20日 - )は… 岸本 行央(きしもと ゆきお、1989年8月20日 - )は、沖縄県浦添市出身のプロバスケットボール選手。ポジションはガード。アシストなど味方を活かすプレイが得意。 8歳の時、2人の兄の影響でバスケットボールを始める。浦添市立浦西中学校から興南高校に進学。3年生時の2007年インターハイでベスト8。国民体育大会で少年沖縄県チームのキャプテンを務めてベスト8。 2008年、明治大学に進学。2年生時の2009年に関東大学リーグ2部優勝と1部昇格に貢献。3年生時の2010年インカレで3位。 2012年に大学を卒業した後は琉球ゴールデンキングス練習生として練習を続けてbjリーグのトライアウトを受験。同年のbjリーグドラフト会議にて高松ファイブアローズより指名を受けて契約した。
狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月2… 狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月28日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県宮古島市出身。ポジションはポイントガード。B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 2012年、bjリーグの千葉ジェッツと選手契約を結び、プロ選手となる。2013年には琉球ゴールデンキングスに移籍し、2013-14シーズンの優勝メンバーとなった。2014年に福島ファイヤーボンズに移籍し、2014-15シーズンのMIP賞に選ばれた。 2021-22シーズンより長崎ヴェルカに所属。共同キャプテンとしてチームをB3優勝、B2昇格まで引っ張り、個人でもB3 2021-22シーズンの年間ベスト5に選出された。
東長濱 秀希(ひがしながはま ほずき、1987年11月21日… 東長濱 秀希(ひがしながはま ほずき、1987年11月21日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のジークスター東京所属。 実父はハンドボール指導者の東長濱秀吉。実兄も同じくハンドボール選手の東長濱秀作。 2010年に日本ハンドボールリーグの大崎電気へ加入。2010-11年シーズンはリーグ1位の7mスロー得点(23得点)を記録し、最優秀新人賞とベストセブンに選ばれた。シーズン中の2011年1月には第22回男子世界選手権の日本代表に選出された。 2011-12年シーズンは2年連続の7mスロー得点賞(27得点)を受賞し、総得点はリーグ2位の84得点を記録。
棚原 良(たなはら りょう、1987年8月3日 - )は、沖… 棚原 良(たなはら りょう、1987年8月3日 - )は、沖縄県浦添市出身の元プロハンドボール選手。 当山小学校、浦西中学校、興南高等学校、日本体育大学卒。8歳上の兄の影響と東長濱秀希、石川出に勧誘され小学校2年時にハンドボールを始める。小学校、中学校時代にはそれぞれ全国優勝を経験。興南高校時代は東長濱秀希とともにチームのエースとして活躍し、1年時から主戦力として高校総体優勝。3年時には高校選抜(3連覇)、高校総体、国体の3冠を達成している。日本体育大学では1年時から主戦力として活躍し、2年時の春、秋リーグは得点王に輝く。秋リーグでは1試合20得点を含む102点の歴代最高得点を叩き出した。全日本インカレでは4年連続優勝し、小・中・高・大すべてで全国優勝した。
上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は… 上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は、沖縄県那覇市出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 興南高校から日本大学に進学。 卒業後の2010年、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに加入。 2013年、千葉ジェッツに移籍。2017年1月に全日本バスケットボール選手権大会初優勝メンバーとなる。 2017年6月、富山グラウジーズへ移籍。 2018年6月、新潟アルビレックスBBに移籍。 2020年オフ、群馬に移籍 2022年オフ、B3リーグの東京八王子ビートレインズに移籍。 2024年オフ、新潟アルビレックスBBに移籍。 2025年9月8日、自身のXで2024-25シーズンをもって現役を引退することを発表した。
石川 出(いしかわ いずる、1987年4月18日 - )は、… 石川 出(いしかわ いずる、1987年4月18日 - )は、沖縄県浦添市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の琉球コラソン所属。 興南高等学校時代は主将として活躍し、高校選抜・高校総体・国民体育大会優勝の3冠を経験。同学年には棚原良、東長濱秀希が在籍していた。 高校卒業後は日本体育大学へ進学。2009年の第52回全日本学生ハンドボール選手権大会では4年連続優勝に貢献し、優秀選手賞(ベストセブン)を受賞した。 2010年に日本ハンドボールリーグの大崎電気へ加入。背番号は「20」。 2012年の第17回ヒロシマ国際ハンドボール大会で日本代表に選出。 2014年には第17回アジア競技大会の日本代表に選出された。
内田 武志(うちだ たけし、1987年4月17日 - )は、… 内田 武志(うちだ たけし、1987年4月17日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手。 2008年に日本ハンドボールリーグの琉球コラソンへ加入。 2010-11年シーズン・2011-12年シーズンともに7mスロー阻止率はリーグ2位だったが、2012-13年シーズンに最下位の.143を記録。 2013-14年シーズンはリーグトップの7mスロー阻止率(.524)を記録し、前年の不振から脱却した。 2015-16年シーズンは2年ぶりの7mスロー阻止率賞(.370)を受賞。 2021-22年シーズン限りで現役を引退。2022年8月に日本ハンドボールリーグの功労賞を受賞した。
新里 智将(しんざと ともゆき、1985年9月8日 - )は… 新里 智将(しんざと ともゆき、1985年9月8日 - )は、沖縄県国頭郡国頭村出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。182cm、80kg。背番号は出身地にちなんだ92。 興南高校3年次より国体沖縄代表の中心メンバーとして活躍。沖縄代表では根間洋一とチームメイトであった。 名桜大学に進学後、県大会3連覇に貢献。 4年次の2007年、地元よりbjリーグに参戦する琉球ゴールデンキングスに入団。bjリーグとしては初めて、在学中の選手との契約となる。 2008年、りゅうせきクラブに入団。国体にも出場。 2013年、練習生を経て島根スサノオマジックと契約する。背番号は92(出身地の国頭村に由来)。
糸数 美樹(いとかず みき、1985年3月31日 - )は、… 糸数 美樹(いとかず みき、1985年3月31日 - )は、沖縄県を拠点に活動するラジオパーソナリティ、ローカルタレントである。愛称は「ミキトニー」。 沖縄県沖縄市池武当(いけんとう)出身。女性。自らを「池武当のブリトニー・スピアーズ」と称している。興南中学校・高等学校卒業後、玉川大学文学部国際言語文化学科に進学するため上京。大学卒業後の2008年10月から2009年3月にかけて、語学留学のためにアメリカ・カリフォルニア州へ渡米、帰国後の2010年1月より、エフエム沖縄のゴールデンアワーでパーソナリティとして、2019年3月まで活動していた。現在もテレビやラジオ、その他イベントでのタレント活動や結婚式の司会などもこなす。
山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、… 山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、沖縄県島尻郡久米島町出身のプロバスケットボール選手である。2007年からbjリーグの琉球ゴールデンキングスに所属し、2014年に引退した。ポジションはパワーフォワード。 日本人の父親とアメリカ人の母親を持つ。投擲選手の山城美貴は実妹である。久米島町立具志川中学校に入学した12歳の時にバスケットボールを始める。中学時代までは平行して沖縄角力にも取り組み、県大会優勝などの実績をあげ、二子山部屋、高砂部屋といった角界や、柔道の強豪校からの誘いももあったが、バスケットボールを続けるために興南高校への進学を選んだ。 興南高校に進学後、大田欣伸の指導のもと、沖縄県の少年男子国体チームに3年連続で選出され、全国大会を経験する。
崎山 一葉(さきやま かずは、1984年2月27日 - )は… 崎山 一葉(さきやま かずは、1984年2月27日 - )は日本の女優・タレント。身長164cm。血液型はA型。動物占いはペガサス。沖縄県那覇市出身。私立興南高等学校卒。沖縄キリスト教短期大学卒。オフィス・リゾム 所属。 2011年6月にアキヤマ・オフィスを退社。その後、東京から沖縄へ活動拠点を移し、同月に「2011ミス沖縄 クリーングリーングレイシャス」に就任。(任期は同年8月1日から) 例年1年の任期だがこの年のみ1年5ヶ月となり、2012ミス沖縄として2012年12月31日まで任期を務めた。韓国語が話せるため沖縄で開催された「World Music Festival in Okinawa」ではミス沖縄としてMCを務め、韓国語でアーティストと会話するなど沖縄を中心にモデル、レポーター、女優として活躍するマルチタレント。
東長濱 秀作(ひがしながはま しゅうさく、1984年2月3日… 東長濱 秀作(ひがしながはま しゅうさく、1984年2月3日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手、指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のザ・テラスホテルズ ラティーダ琉球で監督を務めている。 父親の東長濱秀吉はハンドボール指導者。弟の東長濱秀希もハンドボール選手。 2006年1月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。2007年には全日本実業団選手権大会で優勝。2008年と2009年の同大会、2009年の第34回日本ハンドボールリーグでベスト7。 2012年に地元の琉球コラソンへ移籍。同年の第37回日本ハンドボールリーグでは得点王とベスト7を受賞。2014-15年シーズン限りで現役を引退した。
上原 厚治郎(うえはら こうじろう、1983年6月12日 -… 上原 厚治郎(うえはら こうじろう、1983年6月12日 - )は、沖縄県那覇市出身の元プロ野球選手(投手)。現西武ライオンズ2軍用具担当。
松谷 秀幸(まつたに ひでゆき、1982年10月16日 - … 松谷 秀幸(まつたに ひでゆき、1982年10月16日 - )は、大阪府大阪市鶴見区出身の元プロ野球選手(投手)。
JJ(ダブルジェー、1979年5月6日 - )は、日本のバス… JJ(ダブルジェー、1979年5月6日 - )は、日本のバスケットボールパフォーマー。フリースタイルバスケットボールの創成期を最前線で作り上げた日本王者。本名は仲宗根 潤治(なかそね じゅんじ)。琉球パフォーマーズコネクション代表、ストリートパフォーマンスクルー「Who's Next」代表。 沖縄県那覇市出身で、4人きょうだいの末っ子。興南高校在学時はバスケットボール部に所属。 高校卒業後は専門学校を経て、2000年に総理府の沖縄開発庁に採用され、事務官として沖縄振興に携わる。2004年に東京・霞が関に異動。この頃からフリースタイルバスケットボールを始めるようになり、2007年には国内大会で優勝を果たし、公務員勤務の傍らでイベントなどに無償で出演していた。
名護 明彦(なご あきひこ、1976年9月26日 - )は、… 名護 明彦(なご あきひこ、1976年9月26日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。第21代日本スーパーフライ級王者。興南高等学校卒業。 アマチュア時代の1994年、全日本高校チャンピオン・全国高等学校ボクシング選抜大会準優勝・わかしゃち国体優勝の実績を残し、高校卒業後、元世界王者の白井義男、具志堅用高氏が共同経営を行っている白井・具志堅スポーツジムにスカウトされ入門。佐藤修とは当時から親友。 日本王座を獲得し、無敗で世界挑戦まで辿り着いた。しかし、世界戦で戸高秀樹に敗れてからは精彩を欠き、消極的な試合が目立つようになる。 徳山昌守に敗れた後、指導方針の違いから具志堅会長と決別。
田場 裕也(たば ゆうや、1975年9月12日 - )は、沖… 田場 裕也(たば ゆうや、1975年9月12日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手、指導者。ポジションはフローター。
ひが もえる(本名:比嘉 崇(ひが たかし)、 (1974-… ひが もえる(本名:比嘉 崇(ひが たかし)、 (1974-11-04) 1974年11月4日(51歳) - )は、日本のお笑い芸人。沖縄国際大学中退。所属事務所はソーレアリア。沖縄県出身。 興南高校の同級生である小波津正光(まーちゃん)と、1994年にお笑いコンビ「ぽってかすー」(沖縄弁で間抜けの意)を結成(現在は活動休止中)。沖縄時代はFECオフィスに所属。コンビではシーサー比嘉の名前を使用。有吉弘行や小籔千豊と同期。 沖縄のローカルタレントとして活動していたが、1999年に東京進出、ソーレアリアに所属。上京後に先輩芸人のトークライブ「アニメ会」を観たことをきっかけにアニメにハマり、同人誌制作まで始めるほどになる。
井上 公男(いのうえ きみお、1971年12月23日 - )… 井上 公男(いのうえ きみお、1971年12月23日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはポイントガード。現在は興南高校監督。興南高校時代、朝練に参加するために南城市から興南高校まで自転車で通っていた。 玉城中から興南高校、日本大学を経て、いすゞ自動車に入社。大学の同期に長谷川誠ら、1年先輩に折茂武彦らがいる。 1998年アジア大会に出場する日本代表に選出される。 2004年、恩師である大田欣伸の跡を受けて母校・興南高校の監督に就任。2006年には17年ぶりとなるインターハイに導き、翌年にはベスト8となった。
岸本 祐二(きしもと ゆうじ、1970年7月31日 - )は… 岸本 祐二(きしもと ゆうじ、1970年7月31日 - )は、日本の元俳優。沖縄県那覇市出身。 沖縄県内でスポーツ校として知られる興南高校卒業。日本テレビ開局40年記念イベント「第1回ミスター日本グランプリ」準グランプリ獲得。グランプリの川井博之ともう一人の準グランプリの金井茂とのユニット『世紀末御三家』として芸能界デビューした。 名前の岸本「祐二」(本名)を「裕二」に改名している。
松永 政行(まつなが まさゆき、1970年3月23日 - )… 松永 政行(まつなが まさゆき、1970年3月23日 - )は、日本の体操競技選手。1992年バルセロナオリンピックの銅メダリストである。大阪府出身。興南高等学校、日本大学文理学部体育学科卒。河合楽器の体操部に所属していた。 現役引退後は体操の指導者として活動。保健体育の教員免許を持っており、現在は、大阪明星中学校・高等学校に体育教師として勤務している。
ピューマ渡久地(ピューマ とぐち、1969年11月20日 -… ピューマ渡久地(ピューマ とぐち、1969年11月20日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は渡久地 隆人(とぐち たかと)。沖縄県石川市(現・うるま市)出身。身長161cm。血液型A型。興南高等学校卒業、日本大学農獣医学部中退。ボクシングスタイルは、右のファイター型。元日本フライ級王者。 鬼塚勝也、辰吉丈一郎と共に平成の三羽烏と称され、1990年代初期の日本プロボクシング界で活躍した。 高校入学と同時にボクシングを始め、金城真吉監督の指導の下才能を開花させていく。渡久地は監督にとって最も手を焼いたヤンチャな部員であった。1987年インターハイフライ級準優勝、海邦国体で沖縄県チームとして優勝。
伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄… 伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロバスケットボール指導者である。 興南高校で1年時に選抜大会準優勝に導きベスト5を受賞。翌年には地元開催の国体で優勝に貢献。[要出典]高校の同期に元プロボクサーのピューマ渡久地。現バスケットボール部監督の井上公男は2年後輩に当たる。 専修大学進学後も新人戦でアシスト王を獲得。4年時には主将を務める。[要出典]同期にはユニバーシアード準優勝メンバーだった脇将典がいる。 卒業後は地元に戻り、大米クラブ(現・レキオスBasket)に入団し選手兼任監督としてプレー。[要出典] 2001年には全日本クラブ選手権で優勝を果たし、オールジャパンにも出場。
西岡 洋(にしおか ひろし、1969年9月27日 - )は、… 西岡 洋(にしおか ひろし、1969年9月27日 - )は、大阪府大阪市東住吉区(現・平野区)出身の元プロ野球選手(投手)。
名幸 一明(なこう かずあき、1968年10月19日 - )… 名幸 一明(なこう かずあき、1968年10月19日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手、プロ野球審判員。審判員袖番号は10。