上田 大河(うえだ たいが、2001年11月15日 - )は… 上田 大河(うえだ たいが、2001年11月15日 - )は、三重県尾鷲市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 三重県尾鷲市で生まれ、尾鷲市立宮之上小学校1年生のときに『尾鷲野球少年団』で野球を始めた。小学校時代のチームメイトには2学年上に湯浅京己、1学年上に石伊雄太が居た。中学1年夏に大阪府へ引っ越し、大阪市立東生野中学校では硬式野球の『ナガセボーイズ』でプレーした。 大阪商業大学高校では1年春からベンチ入りし、2年秋から背番号1。3年春は大阪大会で優勝したが、3年夏は大阪大会3回戦で大商大堺に敗れた。 大阪商業大学に進学すると、1年秋からリーグ戦に登板し、2年春は4勝を挙げて平古場賞(新人賞)を獲得。
藤山 恭輔(ふじやま きょうすけ、1999年4月21日 - … 藤山 恭輔(ふじやま きょうすけ、1999年4月21日 - )は、大阪府出身のサッカー選手。ポジションはDF。 興國高等学校から大阪商業大学に進学した。 卒業後はドルガ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガ所属のFKベラネに加入し、卒業後すぐの2022年3月6日に行われたリーグ戦で選手初出場を記録した。同年夏に同リーグのOFKニクシッチに移籍した。 2023年2月12日に日本フットボールリーグの鈴鹿ポイントゲッターズに完全移籍した。
橋本 啓吾(はしもと けいご、1998年9月17日 - )は… 橋本 啓吾(はしもと けいご、1998年9月17日 - )は、大阪府出身のサッカー選手。Jリーグ・テゲバジャーロ宮崎所属。ポジションはFW。 公立高校の大阪府立阪南高等学校のサッカー部に入部。 大阪商業大学に進学。大学4年間で関西2部リーグ通算48ゴールを決めた。 2021年2月19日、テゲバジャーロ宮崎に加入することが発表された。2021年3月14日、J3第1節のいわてグルージャ盛岡戦でJリーグデビューを果たした。5月2日、J3第7節のFC今治戦でJリーグ初ゴールを決めた。 2024年8月31日、J3第26節・ヴァンラーレ八戸戦で通算100試合達成。翌9月7日、第27節・SC相模原戦ではキャリア初のシーズン2桁得点となるゴールを上げた。
池側 純(いけがわ じゅん、1998年2月17日 - )は、… 池側 純(いけがわ じゅん、1998年2月17日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府泉北郡忠岡町出身。第49代日本スーパーバンタム級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。トレーナーは元プロボクサーで第17代日本ミニマム級王者の阿部弘幸。 興國高校卒業後、大阪商業大学に進学。なお大阪商業大学時代にボクシング部主将を務めた。また、先輩に元プロボクサーで世界2階級制覇王者の京口紘人がいる。 2021年1月16日のプロデビュー戦は判定勝ち。 2024年10月17日、後楽園ホールで日本スーパーバンタム級1位の石井渡士也と日本同級最強挑戦者決定戦を行い、プロ初黒星となる8回0-3(74-77×2、73-78)の判定負けを喫し下町俊貴への挑戦権を獲得できなかった。
大西 広樹(おおにし ひろき、1997年11月8日 - )は… 大西 広樹(おおにし ひろき、1997年11月8日 - )は、奈良県香芝市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校から双子の弟と軟式野球を始める。 大阪商業大学高等学校では2年秋からエースとなるが、甲子園大会出場はなかった。大学に進学することを決め、「絶対プロの世界にいきたい」と語った。 大阪商業大学に進学し、1年から公式戦に出場する。関西六大学野球連盟の大学時代のリーグ通算成績は27勝2敗で、ベストナインを2度受賞し、最優秀投手を3度獲得した。大阪商業大学時代の2学年先輩には日下部光、同期には、橋本侑樹、小野寺暖がいる。 2019年度新人選手選択会議で、東京ヤクルトスワローズから4位指名を受け、11月26日に契約金4700万円、年俸720万円で仮契約を結んだ。
太田 光(おおた ひかる、1996年10月14日 - )は、… 太田 光(おおた ひかる、1996年10月14日 - )は、岡山県倉敷市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 倉敷市立連島東小学校2年時に西浦少年野球から軟式野球を始め、小学5年時に捕手を始める。倉敷市立連島中学校では倉敷ドリームボーイズに所属した。 広陵高校進学後、2年秋から4番キャッチャーに定着し、3年夏は決勝で今春の甲子園に出場した広島新庄高校を破り第96回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、初戦の三重高校戦で延長11回サヨナラ負けを喫した。同期に吉川雄大がいる。 大阪商業大学では、1年春から正捕手としてレギュラーを獲得し1年春は打率1割だったが岡田明丈らをリードし、チーム防御率1.50を記録して投手陣を盛り立て、関西六大学野球リーグ優勝に貢献。
前田 稔輝(まえだ じんき、1996年9月25日 - )は、… 前田 稔輝(まえだ じんき、1996年9月25日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府守口市出身。グリーンツダボクシングクラブよりプロデビューし、2025年よりKWORLD3に所属。 6歳から守口市日本拳法連盟の道場で日本拳法を始めた。大阪商業大堺高校卒業後、大阪商業大学に入学。日本拳法は大学卒業まで続け、16年間で全国大会10冠を達成した、ボクシングでもそれがルーツになっていると評される。 2019年4月21日、プロデビュー戦を1回TKO勝ち。 2019年12月22日、西日本フェザー級新人王として、東軍代表亀田京之介を相手に4回2-1(39-37、39-38、37-39)判定勝ちで全日本新人王と敢闘賞を獲得。
日下部 光(くさかべ ひかる、1996年2月28日 - )は… 日下部 光(くさかべ ひかる、1996年2月28日 - )は、日本のプロ野球選手(内野手)、野球指導者。 福知山成美高等学校に進み、2013年の第95回全国高等学校野球選手権大会に出場した。高校卒業後は大阪商業大学に進む。野球部では1年生の時から試合に出場したが、負傷に悩まされた。 大学卒業後にNTT西日本硬式野球部に入り、入部初年から打線の中軸を担って第44回社会人野球日本選手権大会では1回戦の三菱日立パワーシステムズ戦でタイブレークの延長12回に決勝となる3ラン本塁打を放った。2021年には主将も務め、5年間在籍した。 2023年2月15日にベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の群馬ダイヤモンドペガサスに練習生として入団した。
下川 陽太(しもかわ ようた、1995年〈平成7年〉9月7日… 下川 陽太(しもかわ ようた、1995年〈平成7年〉9月7日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。J2リーグ・テゲバジャーロ宮崎に所属。 国見高校を経て、大阪商業大学へ進学。大学3年次の2016年6月、関西学生選抜の一員としてプレーした関西ステップアップリーグ・ガンバ大阪戦で後半から途中出場し、決勝点をアシストして勝利に貢献した。それまで年代別代表など目立った実績はなかったが、もともとFW・岡佳樹の視察のために訪れていた松本山雅FCの強化担当者の目に留まり、その後夏に3週間に渡り松本の練習に参加。同年12月末には、2018年シーズン加入へ向けての仮契約を締結した。
長尾 朋範(ながお とものり、1995年3月5日 - )は、… 長尾 朋範(ながお とものり、1995年3月5日 - )は、日本のプロボクサー。愛媛県出身。元WBOアジア太平洋フライ級王者。フラッシュ赤羽ボクシングジム所属。 新田高校卒業後、大阪商業大学に進学。 2019年12月7日のプロデビュー戦は判定勝ちも、1年後の試合でプロ初黒星。 そして2025年4月19日、神戸市立中央体育館でWBOアジア太平洋フライ級14位の小田切駿平とWBOアジア太平洋同級王座決定戦を行い、3回終了時点に相手が左肩脱臼で試合続行不可能となって4回3秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。 2025年9月16日、後楽園ホールで行われた『OVER HEAT BOXERS NIGHT.114』にてWBOアジア太平洋フライ級4位の村上勝也とWBOアジア太平洋同級タイトルマッチを行い、10回3-0(96-93×2、98-91)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。
京口 紘人(きょうぐち ひろと、1993年11月27日 - … 京口 紘人(きょうぐち ひろと、1993年11月27日 - )は、日本の元プロボクサー、Youtuber。ワタナベボクシングジム所属。元IBF世界ミニマム級王者。元WBA世界ライトフライ級スーパー王者。世界2階級制覇王者。 大阪観光大使。いずみの国和泉市PR大使。入場曲はサラ・ブライトマンの「Time to say good bye」。大阪商業大学時代の後輩に第49代日本スーパーバンタム級王者の池側純がいる。 1993年11月27日大阪府和泉市出身。和泉市立国府小学校→和泉市立和泉中学校→大阪府立伯太高等学校→大阪商業大学経済学部卒業。家族構成は両親、兄、姉。 父と伯父が空手道場『聖心會』を主宰する空手家であったため、京口も3歳の時から空手を始める。
岡田 明丈(おかだ あきたけ、1993年10月18日 - )… 岡田 明丈(おかだ あきたけ、1993年10月18日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。 東京都練馬区の強豪・大泉第二中学校の軟式野球部で三塁手として野球を始める。中学3年の時に両親が離婚し、高校入学のタイミングで母の実家がある大阪へ転居する。 大阪商業大学高等学校で投手に転向。3年夏にストレートの球速が140km/hを記録し背番号10ながら先発を任される。準々決勝の大阪桐蔭戦で先発したが5回で0対10とコールド負けを喫し、甲子園出場はなかった。 大阪商業大学に進学し、1年春からリーグ戦に出場するも、その後3年の春まで登板機会がなかった。登板機会がなかった原因としては故障などではなく、絶対的エース(近藤大亮)を起用して好成績を残したいというチーム事情と岡田の実力不足という要因があった。
金子 丈(かねこ たけし、1993年2月25日 - )は、大… 金子 丈(かねこ たけし、1993年2月25日 - )は、大阪府茨木市出身の元プロ野球選手(投手)、スコアラー。右投右打。 大阪商業大学では先発・中継ぎ共にこなせる投手として活躍。関西六大学リーグでは1年春の2011年、平古場(新人)賞。3年春の2013年、4試合連続完封を記録しベストナインを受賞。同13年秋、4年近藤大亮投手の活躍もあり秋季リーグ優勝。続いて第44回明治神宮大会に進出。同大会準決勝で明治大に敗れベスト4に留まる。リーグ通算65試合登板、23勝17敗、防御率1.85の成績を残した。近藤大亮投手、桂依央利捕手、橋爪大佑らは大学の1年先輩に当たる。 2014年度新人選手選択会議において、中日ドラゴンズより9位指名(育成選手を除き12球団で最後の指名)を受け入団し、契約金1500万円、年俸600万円(推定)で仮契約した。
岡本 将大(おかもと まさひろ、1992年12月4日 - )… 岡本 将大(おかもと まさひろ、1992年12月4日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。ワンリーズワカヤマ所属。 岐阜県出身。高山市立松倉中学校時代、2007年ジュニアオールスター岐阜県チームのメンバーとして出場。高校は美濃加茂高校に進み、2009年ウインターカップに出場。2010年はインターハイとウインターカップに出場。また千葉国体岐阜県少年男子チームのメンバーに選出され出場した。高校卒業後は大阪商業大学に進学。 2015-16シーズンはbjリーグの大分・愛媛ヒートデビルズと契約。ルーキーシーズンより48試合に出場した。Bリーグ初年度の2016-17シーズンからは大分・愛媛ヒートデビルズよりチーム名変更した愛媛オレンジバイキングスに引き続き所属。
冨士本 大生(ふじもと ひろき、1992年4月10日 - )… 冨士本 大生(ふじもと ひろき、1992年4月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 奈良県宇陀市出身。友人に誘われてバレーボールを始める。 大阪商業大学高等学校、大阪産業大学を経て、2014/15シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するパナソニックパンサーズの内定選手となった。 2015年、大学卒業後に、パナソニックパンサーズに入団した。入団1シーズン目となる2015/16シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2017年、2016/17シーズン終了をもって現役を引退した。引退後は社業に専念。
橋爪 大佑(はしづめ だいすけ、1992年3月30日 - )… 橋爪 大佑(はしづめ だいすけ、1992年3月30日 - )は、大阪府出身のプロ野球選手(内野手)。
藤髙 宗一郎(ふじたか そういちろう、1991年10月11日… 藤髙 宗一郎(ふじたか そういちろう、1991年10月11日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。元妻は元バスケットボール選手の栗原三佳。 香芝市立三和小学校、香芝市立香芝中学校、大阪商業大学高等学校を経て2010年4月、関西大学に進学。大学の同期には山下和樹がいる。1年生時よりメンバー入りし、関西選手権、関西学生リーグ戦、全日本大学選手権に出場した。3年生時のリーグ戦(1部)は9位で2部降格したが、チームの主力としてリーグ得点ランキング3位。4年生時のリーグ戦(2部)では優勝に貢献し、優秀選手賞を受賞。日本学生選抜チームにも選出され、李相佰杯争奪日韓学生バスケットボール競技大会に出場した。
桂 依央利(かつら いおり、1991年7月9日 - )は、大… 桂 依央利(かつら いおり、1991年7月9日 - )は、大阪府大阪市東住吉区出身の社会人野球選手、コーチ、元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 小学校2年から、南百済ファイターズでソフトボールを始め、中野中学校時代は東住吉ボーイズに所属。太成学院大学高等学校では1年秋から背番号5でベンチ入り。高校の2年後輩に今村信貴がいる。 大阪商業大学では2年春に正捕手となる。4年春秋と首位打者、ベストナイン。第44回明治神宮野球大会では準決勝で敗退。関西六大学リーグでは72試合出場で通算65安打、打率.290、1本塁打、20打点。 2013年度プロ野球ドラフトで中日ドラゴンズから3位指名を受け入団。背番号は40。
赤塚 京介(あかつか きょうすけ、1991年6月9日 - )… 赤塚 京介(あかつか きょうすけ、1991年6月9日 - )は、岩手県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
近藤 大亮(こんどう たいすけ、1991年5月29日 - )… 近藤 大亮(こんどう たいすけ、1991年5月29日 - )は、オリックス・バファローズに所属する大阪府堺市出身のプロ野球選手(投手)。
鈴木 諒(すずき りょう、1990年8月7日 - )は、宮城… 鈴木 諒(すずき りょう、1990年8月7日 - )は、宮城県出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。
しんや(1990年〈平成2年〉5月21日 - )は、日本のピ… しんや(1990年〈平成2年〉5月21日 - )は、日本のピン芸人である。吉本興業(東京本社)所属。本名、松永 真也(まつなが しんや)。大阪府大阪市生野区出身。NSC大阪校41期生。R-1グランプリ2026ファイナリスト。 幼稚園からラグビーを始め、大阪市立東生野中学校(通称:トンナマ)ラグビー部を経て、大阪商業大学高等学校に入学。卒業後、帝京大学に入学。帝京大学ラグビー部に入部。現役時代のポジションはロック(LO)。 帝京大学卒業後は会社員として働いていたが、2018年に大阪NSCに入学し41期生になる。翌2019年2月、大阪NSC41期生が参加のNSC大ライブOSAKA2019で優勝。同年、『ノーサイド・ゲーム』に出演して知名度を上げる。
蒲生 敏基(がもう としき、1989年9月12日 - )は、… 蒲生 敏基(がもう としき、1989年9月12日 - )は、日本の実業家。香川県坂出市出身。株式会社G.TRES創業者で、代表取締役。 大阪商業大学卒業後、2012年国内CATディーラー入社。 2018年6月に株式会社G.TRESを創業し、建設機械販売・修理、ICT,ドローン事業等を開始した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
道原 紀晃(どうはら のりあき、1989年〈平成元年〉9月7… 道原 紀晃(どうはら のりあき、1989年〈平成元年〉9月7日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。兵庫県神戸市出身。B.LEAGUEの神戸ストークス所属。ポジションはポイントガードまたはシューティングガード。 神戸市立春日野小学校、神戸市立葺合中学校、神戸市立科学技術高等学校、大阪商業大学を卒業後、2012年に兵庫ストークスに入団。以来、ストークスのフランチャイズプレイヤーとして活躍している。 左利きのプレイヤーで、細身でフィジカルはないが、それを高精度の外角シュートとハンドリングで補っている。2017ー2018シーズンには新たにPGのポジションも務め、プレーの幅を広げた。[要出典]
弦本 悠希(つるもと ゆうき、1989年6月16日 - )は… 弦本 悠希(つるもと ゆうき、1989年6月16日 - )は、大阪府和泉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 和泉市立池上小学校・和泉市立富秋中学校と、地元の小中学校で学び、高校は徳島県の生光学園高校へと進学した。 生光学園では、3年次にはエースナンバーを背負う。最後の夏は徳島大会で準決勝へ進出するも、この年の優勝校である徳島商高に延長13回にも及ぶ激闘の末に敗退した。高校卒業後は大阪商業大学に入学するも中退。 2009年に四国・九州アイランドリーグの徳島インディゴソックスに入団。2009年は12試合に登板して勝敗・セーブなしで防御率2.38、2010年は主にリリーフとして37試合に登板し、1勝3敗13セーブ、防御率2.32の成績だった。
福山 博之(ふくやま ひろゆき、1989年3月27日 - )… 福山 博之(ふくやま ひろゆき、1989年3月27日 - )は、島根県雲南市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 雲南市立大東中学校時代に、野球部の二塁手として島根県大会での優勝を経験。島根県立大東高等学校への進学後も、二塁手として1年春からレギュラーの座を確保すると、2年秋に県大会3位で中国大会へ出場している。しかし、高校在学中は、春夏とも甲子園球場の全国大会へ出場できなかった。 大阪商業大学に一般入試で進学すると、二塁手から投手へ転向。「高校時代は投手だった」と嘘をついた末の転向ながら、1年時の秋から関西六大学野球のリーグ戦で登板した。3年時には、春季リーグ戦を3勝無敗で終えると、秋季リーグ戦ではエースとして6勝3敗を記録。
俊野 達彦(としの たつひこ、1988年1月18日 - )は… 俊野 達彦(としの たつひこ、1988年1月18日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。愛媛県松山市出身。ポジションはシューティングガード。弟はプロバスケ選手の俊野佳彦。 小3でバスケを始め、雄新中を経て、新田高校ではインターハイには2,3年生時の2年連続、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会には3年連続で出場。2年生時からは国民体育大会愛媛県選抜チームに選出。 2010年3月に大阪商業大を卒業した後は埼玉県の米菓メーカーに就職、営業をしていた[要出典]が、半年後にクラブチームの草加クラブでバスケを再開。2011年1月にbjリーグ合同トライアウトを受験後、9月に退職して千葉ジェッツ傘下の千葉エクスドリームスに所属。
山村 裕也(やまむら ひろや、1987年6月24日 - )は… 山村 裕也(やまむら ひろや、1987年6月24日 - )は、日本のプロ野球審判員。審判員袖番号は18(2016年までは56)。父は元プロ野球選手、元プロ野球審判員の山村達也。元プロ野球選手であり、現役時代のポジションは捕手。 八木学園高等学校時代は高校通算34本塁打、強肩強打の捕手として活躍。高校卒業後は大阪商業大学に進む。大阪商業大学硬式野球部時代は関西六大学リーグで4回ベストナインに選出され、NPBドラフト指名候補と目されるも、指名はかなわなかった。 2010年2月には、フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結ぶと発表されたが頓挫し、同年四国・九州アイランドリーグ(2011年より四国アイランドリーグplus)の徳島インディゴソックスに入団。
奥本 友人(おくもと ゆうと、1987年〈昭和62年〉1月1… 奥本 友人(おくもと ゆうと、1987年〈昭和62年〉1月18日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。大阪府出身。現役時代のポジションはポイントガード兼シューティングガード。 大阪工業大学高等学校から大阪商業大学に進み、2006年のインカレでベスト16を経験。卒業後の2009年にIBL所属のニッポン・トルネードに加入。その後、TGI D-RISE、レバンガ北海道、群馬クレインサンダーズ、大分ヒートデビルズ、西宮ストークスを渡り歩き、2016年12月に現役を引退した。
仲摩 匠平(なかま しょうへい、1986年10月5日 - )… 仲摩 匠平(なかま しょうへい、1986年10月5日 - )は、広島県呉市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。元プロバスケットボール選手の仲摩純平は兄。 呉市立両城中学校、広島市立美鈴が丘高等学校出身。2004年高校3年時にインターハイベスト16、ウィンターカップ出場。 大学は大阪商業大学に進み、同期に奥本友人がいる。卒業後の2009年、奥本と共にIBLに参戦する日本人チーム「ニッポン・トルネード」に入団。 2010年、島根スサノオマジックの結成・bjリーグ参加と共に、チームトライアウトを経て入団。2011-12シーズンには兄・純平ともプレーした。2011年3月には練習中に左目に網膜剥離を起こし手術を受けた。
川村 晃裕(かわむら あきひろ、1986年6月3日- )は、… 川村 晃裕(かわむら あきひろ、1986年6月3日- )は、元プロ雀士、麻雀戦術家、ライブ配信者。愛知県名古屋市出身。 プロ雀士時代から継続してライブ配信を行い幅広い交友関係を持つ。
横田 一義(よこた かずよし、1986年5月1日 - )は、… 横田 一義(よこた かずよし、1986年5月1日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 滋賀県大津市出身。洛陽工業高校から大阪商業大学へ進学し、大学在学中の2008年に堺ブレイザーズの内定選手になった。大学卒業後の2009年に入団した。 2010年に全日本代表登録メンバーに初選出された。 2017年に第66回黒鷲旗全日本男女選抜大会を最後に引退した。 引退後は福岡県内で働く。2021年夏、V.LEAGUE入りを目指す福岡ウイニングスピリッツの代表である上竹原聖子から入団を熱望され、現役復帰を果たした。同年、チームはS3ライセンスを取得し翌シーズンの2022-23シーズンV.LEAGUE入りが内定した。
國近 公太(くにちか こうた、1985年11月1日 - )は… 國近 公太(くにちか こうた、1985年11月1日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 岡山県倉敷市出身。小学5年生の時、TVで見たバレーの試合に感動し、バレーを始める。 その後岡山県立岡山東商業高等学校へ入学。2002年2年時には同校を30数年ぶりに中国大会優勝に導いた。その活躍から、岡山県国体選抜、全日本ジュニア、全日本ユースに選ばれている。 高校を卒業後、2004年にスポーツ推薦で筑波大学へ入学するも、チームへの違和感から半年で中退した。数校からオファーが届き、その中から大阪商業大学を選び2005年に入学した。大商大の同級生に横田一義がいる。すぐにエースとして活躍、同年の関西大学バレーボールリーグ全勝優勝、同年度の黒鷲旗では東レアローズに勝利する快挙を揚げた。
渕之上 和良(ふちのうえ かずよし、1985年〈昭和60年〉… 渕之上 和良(ふちのうえ かずよし、1985年〈昭和60年〉8月31日 - )は、選挙プランナー、エミウル株式会社代表取締役社長、政経学修会会長である。 鹿児島県鹿児島市に生まれ、大阪府枚方市で育つ。大阪商業大学総合経営学部卒業後、タカラスタンダード(2008年 - 2010年)を経て、2010年に参議院議員神取忍の私設秘書兼運転手を務めた後、衆議院議員坂井学の公設第一秘書や神奈川県知事黒岩祐治の秘書を務めた。 現在[いつ?]は選挙プランナーとして活動するほか、若手世代の政治参画を支援する団体の運営を行っている。国政から地方行政、選挙実務まで幅広い経験を持ち、ネット選挙に詳しい選挙プランナーとしてメディアに取り上げられる。
桝田 雄太郎(ますだ ゆうたろう、1985年3月27日 - … 桝田 雄太郎(ますだ ゆうたろう、1985年3月27日 - )は、大阪府吹田市出身の元サッカー選手。ポジションはDF。
山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、… 山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、沖縄県島尻郡久米島町出身のプロバスケットボール選手である。2007年からbjリーグの琉球ゴールデンキングスに所属し、2014年に引退した。ポジションはパワーフォワード。 日本人の父親とアメリカ人の母親を持つ。投擲選手の山城美貴は実妹である。久米島町立具志川中学校に入学した12歳の時にバスケットボールを始める。中学時代までは平行して沖縄角力にも取り組み、県大会優勝などの実績をあげ、二子山部屋、高砂部屋といった角界や、柔道の強豪校からの誘いももあったが、バスケットボールを続けるために興南高校への進学を選んだ。 興南高校に進学後、大田欣伸の指導のもと、沖縄県の少年男子国体チームに3年連続で選出され、全国大会を経験する。
生口 明宏(いぐち あきひろ、1984年7月16日 - )は… 生口 明宏(いぐち あきひろ、1984年7月16日 - )は大分県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。 2007年に大分県リーグ1部・HOYO Atletico ELAN(現:ヴェルスパ大分)に入団。2010年からはゲームキャプテンを務めた。2014年をもって現役を引退し、V大分のコーチに就任。
井上 崇昭(いのうえ たかあき、1984年4月26日 - )… 井上 崇昭(いのうえ たかあき、1984年4月26日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。大阪府堺市出身。ポジションはアウトサイドヒッター。Vプレミアリーグの豊田合成トレフェルサに所属していた。 大阪商大高校、大阪商業大学卒業後、2007年に豊田合成トレフェルサへ入団。2009年から盛重龍に代わり出場機会が増えセミレギュラーで活躍した。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。 2016年に現役引退し、社業に専念。
金村 大裕(かねむら だいゆう、1983年6月13日 - )… 金村 大裕(かねむら だいゆう、1983年6月13日 - )は、大阪府大阪市平野区出身のプロ野球選手(投手)。在日韓国人3世で、本名は金 大裕(キム・デユ、김대유)。
山本 英之(やまもと ひでゆき、1982年6月5日 - )は… 山本 英之(やまもと ひでゆき、1982年6月5日 - )は、日本の男子バレーボール選手。和歌山県有田市出身。ポジションはミドルブロッカー。Vチャレンジリーグの近畿クラブスフィーダ所属。口癖は『ポッ』。最近の口癖は『バーベキューをしたい』。
城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - … 城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - )は、北海道江別市出身(札幌市生まれ)の元プロバスケットボール選手、バスケットボール指導者である。身長183cm、体重83kgで、ポジションはシューティングガード、ポイントガード。B3リーグの横浜エクセレンスに所属している。 2005年にbjリーグの大阪エヴェッサと契約し、プロ選手となる。2005-06シーズンと2006-07シーズンに大阪で優勝を経験。2011年より所属していた富山では3度ベストファイブに選ばれ、2013-14シーズンにはレギュラーシーズンのMVPを、日本人選手として初めて獲得した。 妻はタレントの長尾麻由。 小学校6年生の時にバスケットボールを始め、全国ミニバス大会で準優勝する。
岩田 正之(いわた まさゆき、1982年1月30日 - )は… 岩田 正之(いわた まさゆき、1982年1月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 奈良県桜井市出身。纏向小学3年(上牧ウイングス)よりバレーボールを始める。 全日本ユース代表やジュニア代表を経験、パナソニックパンサーズに入団。2008年、全日本に初選出された。 2010年1月に一身上の都合でパナソニックを退団した。
新谷 義人(しんたに よしひと、1981年12月7日 - )… 新谷 義人(しんたに よしひと、1981年12月7日 - )は、日本の重量挙げ選手である。日本代表として、2008年北京オリンピックで、男子軽量級(69kg)に出場した。シングルモーションで135kgを持ち上げスナッチした。2部では175kgを持ち上げ、この大会で10位に入賞した。 福井県小浜市出身。小浜市立小浜中学校、福井県立小浜水産高等学校を経て、大阪商業大学卒業。
吉田 譲(よしだ じょう、1981年9月17日 - )は、日… 吉田 譲(よしだ じょう、1981年9月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 滋賀県近江八幡市出身。兄の影響で、武佐小学2年の時にバレーボールを始める。 1999年、アジアユース大会準優勝、2003年、ユニバーシアード大会準優勝などを経験し、2004年、Vプレミアリーグのサントリーサンバーズに入団。2011年退団するとともに、チームマネージャーに就任した。 2024年現在は地域連携/パートナー事業グループ担当の事務局スタッフを務める。
浦 伸嘉(うら のぶよし、1980年10月1日 - )は、広… 浦 伸嘉(うら のぶよし、1980年10月1日 - )は、広島県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。背番号3(新潟時代)。172cm、65kg。 美鈴が丘高校から大阪商業大学を経て、2003年に新潟アルビレックスA2に入団。 2004年には国体に広島代表として出場。そのときのチームメイトには仲摩純平がいる。 2005年、bjリーグ開幕とともにA1昇格。 2006年、福岡BBボーイズに移籍。 引退後は「REAL ABILITES」という広島を拠点としたクラブチームを設立。バスケットボールコーチとして多くの選手を育成。 2016年から地元のプロバスケットボールチームBリーグ広島ドラゴンフライズの社長を務め、2017年にはゼネラルマネージャー(GM)を兼任した。
嶋田 正吾(しまだ しょうご、1979年11月13日 - )… 嶋田 正吾(しまだ しょうご、1979年11月13日 - )は、兵庫県加古郡稲美町出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2002年にアイン食品に入団。その後、日本フットボールリーグの佐川急便大阪SC/佐川急便SCを経て、2008年にJ2リーグのFC岐阜に移籍。2009年シーズンはリーグ戦の51試合、天皇杯4試合と公式戦全55試合に出場した。2013年から2017年までアイン食品サッカー部の監督を務めていた。
増川 隆洋(ますかわ たかひろ、1979年11月8日 - )… 増川 隆洋(ますかわ たかひろ、1979年11月8日 - )は、兵庫県姫路市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 小学校3年生時に津田SCでサッカーを始める。姫路市立飾磨西中学校、姫路市立琴丘高等学校から大阪商業大学へと進学し、卒業時に複数のクラブの入団テストを受けたが、右膝半月板損傷などの故障の影響から不合格。8月に大学OBである中村重和がアビスパ福岡の監督に就任した際に、同チームへ練習生として所属することとなった。なお、播戸竜二は高校時代の同級生、嶋田正吾は大学の同期である。 2003年にアビスパ福岡に正式に加入。3月15日、第1節水戸戦(博多の森球技場)で初出場した。
奥谷 信彦(おくたに のぶひこ、1979年5月21日 - )… 奥谷 信彦(おくたに のぶひこ、1979年5月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 奈良県大和郡山市出身。友人に誘われて、片桐小学6年(片桐VBC)よりバレーボールを始める。 郡山南中学校から大商大高校、大阪商業大学を経て、大学卒業後の2002年にNECブルーロケッツへ入団した。大学時代はミドルブロッカーだったが、NEC入団後にレフトにポジションを転向した。 2003年アジア太平洋カップにおいて、日本代表としてプレーした。 2009年5月、NECの無期限休部に伴い、現役引退した。 2024年現在はNECレッドロケッツアカデミーのスタッフとしてバレーボールの指導を行っている。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
川村 慎二(かわむら しんじ、1978年5月2日 - )は、… 川村 慎二(かわむら しんじ、1978年5月2日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者。 滋賀県近江八幡市出身。両親のすすめで武佐小学2年(武佐ガッツ)よりバレーボールを始める。 全日本ユース代表としてアジアユース準優勝などを経験、大阪商業大学を経て、2001年に松下電器・パナソニックパンサーズに入団した。 2007-2008年Vプレミアリーグ、2008年黒鷲旗大会の優勝に貢献し、最高殊勲選手賞(黒鷲賞)とベスト6に選出。2012年の同大会でも、黒鷲賞とベスト6に輝いた。 2014年5月の黒鷲旗大会まで13年間パナソニックでプレーし、直後に(2014/15シーズンより)南部正司監督を引き継ぐ形で同チームの新監督に就任した。
喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良… 喜多 誠(きた まこと、1978年2月15日 - )は、奈良県大和郡山市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。169cm、66kg。2018年6月よりBリーグ・香川ファイブアローズのバスケットボールアカデミーのコーチ。 9歳でバスケットボールを始める。郡山南中学校を卒業後、大阪の大商学園高校に進学。2年でウィンターカップ初優勝を経験。一学年上には梶山信吾がいた。 高校卒業後は大阪商業大学に進学し活躍。大学卒業後はデンソーに入社。 デンソーが休部した後は豊田通商、新潟アルビレックスA2、再び豊田通商を経て、2006年ドラフト17位で(デンソーの大先輩青木幹典が指揮を執る)高松ファイブアローズ(現香川)から指名され入団。