伊藤 颯真(いとう そうま、2001年7月18日 - )は、… 伊藤 颯真(いとう そうま、2001年7月18日 - )は、京都府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ロアッソ熊本所属。ポジションは、DF。 京都府出身で、洛北高校を卒業後に福岡大学に進学した。2024年-2025年シーズンはヴェルスパ大分でプレーし、2025年12月27日にロアッソ熊本への完全移籍が発表された。
京都府立洛北高等学校・附属中学校:174人
※有名人ナビに登録されている174人を職業別に数えました。複数の職業を持つ人は、それぞれの職業に数えています。
伊藤 颯真(いとう そうま、2001年7月18日 - )は、… 伊藤 颯真(いとう そうま、2001年7月18日 - )は、京都府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ロアッソ熊本所属。ポジションは、DF。 京都府出身で、洛北高校を卒業後に福岡大学に進学した。2024年-2025年シーズンはヴェルスパ大分でプレーし、2025年12月27日にロアッソ熊本への完全移籍が発表された。
小泉 彩奏(こいずみ あかね、2000年10月22日 - )… 小泉 彩奏(こいずみ あかね、2000年10月22日 - )は、京都府京田辺市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の熊本ビューストピンディーズ所属。 京都府立洛北高等学校時代は2018年の全国高等学校総合体育大会(高校総体)で優秀選手賞を受賞。 高校卒業後は武庫川女子大学へ進学。 2022年は秋季リーグでリーグ2位となる57得点を挙げ、ベストセブンに選出された。 2023年に日本ハンドボールリーグのオムロンへ加入。
下馬場 燎(しもばば かがり、2000年7月3日 - )は、… 下馬場 燎(しもばば かがり、2000年7月3日 - )は、京都府出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の香川銀行GiraSol kagawa所属。 京都府立洛北高等学校時代は2016年の日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。2018年には第26回日中韓ジュニア交流競技会の高校日本代表に選ばれた。 高校卒業後は大阪体育大学へ進学。同期には岡田彩愛らが在籍。2022年の全日本学生選手権大会(インカレ)では9年連続優勝に貢献し、優秀選手賞に選ばれた。 2023年1月に日本ハンドボールリーグの香川銀行へ加入。 2025年8月に日本代表の強化合宿メンバーに選出された。
山本 春花(やまもと はるか、1999年4月6日 - )は、… 山本 春花(やまもと はるか、1999年4月6日 - )は、京都府出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のイズミメイプルレッズ広島所属。 大阪体育大学時代は主将として2021年の全日本学生選手権大会(インカレ)で大体大の8連覇に貢献し、特別賞を受賞。同期には尾辻素乃子、笠泉里らが在籍。 2022年に日本ハンドボールリーグのイズミメイプルレッズへ加入。 2024-25年シーズンから広島のキャプテンに就任。
石川 莉子(いしかわ りこ、1999年1月23日 - )は、… 石川 莉子(いしかわ りこ、1999年1月23日 - )は、京都府出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のイズミメイプルレッズ広島所属。 京都府立洛北高等学校時代は2016年の第24回日韓中ジュニア交流競技会の高校日本代表に選出された。 高校卒業後は大阪体育大学へ進学。同期には笠井千香子や吉留有紀らが在籍。 2021年1月に日本ハンドボールリーグのイズミメイプルレッズへ加入。 2021-22年シーズンは最優秀新人賞を受賞。当初新人賞には北國銀行の相澤菜月(登録2年目)が選ばれていたが、相澤は登録1年目に全16試合のうち7試合にベンチ登録しており、これが新人賞の規定(前年のベンチ登録数が3分の1以下)から外れるということが発表後に発覚。
小島 佑太(こじま ゆうた、1996年11月8日 - )は、… 小島 佑太(こじま ゆうた、1996年11月8日 - )は、日本出身のラグビーユニオン選手。2025年現在ジャパンラグビーリーグワンに参戦する浦安D-Rocksに所属している。 2015年、洛北高校卒業後、立命館大学に入る。 2019年、立命館大学卒業後、NTTドコモレッドハリケーンズ(現・レッドハリケーンズ大阪)に加入。 2020年2月22日にジャパンラグビートップリーグ第6節パナソニック ワイルドナイツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2021年トップリーグ最後のシーズンは7戦にすべて出場。 2020-2021: NTTドコモレッドハリケーンズチームシーズンアワード選出 2022年7月、NTT再編に伴う新チーム浦安D-Rocks選手スコッドに選ばれた。
田村 誉主在(たむら よしゅあ、1996年6月17日 - )… 田村 誉主在(たむら よしゅあ、1996年6月17日 - )は、フリーアナウンサー、元秋田放送のアナウンサー、元プロボクサー。 京都府京都市西陣出身。京都府立洛北高等学校卒業後、立命館大学法学部へ進学する。大学3年の10月より大阪市淀川区の生田教室に通い、アナウンス読みを学んだ。 立命館大学卒業後の2019年4月に秋田放送へ入社。 2024年9月30日付けで秋田放送を退社、フリーアナウンサーとなる。
岩見 佳音(いわみ かのん、1996年2月14日 - )は、… 岩見 佳音(いわみ かのん、1996年2月14日 - )は、京都府京都市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの三重バイオレットアイリス所属。 京都府立洛北高等学校時代は2013年の全国高等学校総合体育大会ハンドボール競技大会(インターハイ)で優秀選手に選ばれた。 2014年に日本ハンドボールリーグの三重バイオレットアイリスへ加入。同年7月に第5回女子ユース世界選手権の日本代表U-18に選出された。 2015年は第13回女子ジュニアアジア選手権の日本代表U-20に選出。6月には第3回U-22東アジア選手権の日本代表に選ばれた。 2017年 5月に行われた、高松宮記念杯第7回全日本社会人選手権大会で左膝前十字靭帯断裂。
佐原 慧大(さはら けいた、1995年8月19日 - )は、… 佐原 慧大(さはら けいた、1995年8月19日 - )は、ラグビーユニオン選手。 2014年、洛北高校卒業後、愛知学院大学に入る。 2019年、愛知学院大学卒業後、近鉄ライナーズ(現・花園近鉄ライナーズ)に加入。 2021年3月20日に行われたジャパンラグビートップチャレンジリーグ2021順位決定戦第1節コカ・コーラレッドスパークス戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2025年5月、花園近鉄ライナーズを退団。
森田 慎也(もりた しんや、1994年10月15日 - )は… 森田 慎也(もりた しんや、1994年10月15日 - )は、トップウェストB・関西丸和ロジスティクスラグビー部に所属するラグビー選手。 2013年、洛北高校卒業後、京都産業大学に入る。なお洛北高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2017年、京都産業大学卒業後、神戸製鋼コベルコスティーラーズ(現・コベルコ神戸スティーラーズ)に加入。 2020年、神戸製鋼コベルコスティーラーズを退団した。 2022年、関西丸和ロジスティクスラグビー部に加入。
秋山 なつみ(あきやま なつみ、1994年7月23日 - )… 秋山 なつみ(あきやま なつみ、1994年7月23日 - )は、京都府京都市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のプレステージ・インターナショナル アランマーレ富山所属。 大阪体育大学時代には全日本学生ハンドボール選手権大会で2度優勝を経験し、優秀選手賞に2度選出された。 2017年1月に大体大の同期である佐々木春乃、松本ひかると共に日本ハンドボールリーグの北國銀行へ加入。背番号は「20」。同シーズンは出場機会のないまま終えた。2月にカザフスタン代表との親善試合「ヤングおりひめトライアルゲームズ」の日本代表U-22に選出。7月に行われた日韓定期戦で日本代表に選出された。 2017-18年シーズンから背番号を「11」へ変更。
芳川 庸(よしかわ ちから、1993年8月18日 - )は、… 芳川 庸(よしかわ ちから、1993年8月18日 - )は、京都府京都市左京区出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 中学時代は京都ライオンズに所属。 洛北高時代は、1年と2年時の夏はいずれも京都府予選で初戦敗退。3年時の夏は、京都府予選4回戦で西城陽高に0-7(7回コールド)で敗れた。甲子園出場経験は無し。 2011年9月に、読売ジャイアンツ(巨人)の入団テストへ参加。参加者から唯一の合格を勝ち取ると、同年のプロ野球育成ドラフト会議で巨人から4巡目で指名されたことから、年俸240万円、支度金100万円(金額は推定)という条件で育成選手として入団した。背番号は006。
笠原 有紗(かさはら ありさ、1993年7月26日 - )は… 笠原 有紗(かさはら ありさ、1993年7月26日 - )は、京都府京田辺市出身の元ハンドボール選手。 京田辺市立培良中学校時代は2008年の第17回JOCジュニアオリンピックカップで優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は京都府立洛北高等学校へ進学し、2010年に高校総体優勝を経験。高校卒業後は大阪教育大学へ進学した。 2016年に日本ハンドボールリーグのHC名古屋へ加入。2016-17年シーズンは最優秀新人賞を獲得した。 2019-20年シーズン限りで現役を引退。
森川 裕基(もりかわ ゆうき、1993年1月7日 - )は、… 森川 裕基(もりかわ ゆうき、1993年1月7日 - )は、京都府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。ポジションは、フォワード(FW)。 京都紫光クラブ、洛北高校を経て、立命館大学へ進学。 2015年より、カマタマーレ讃岐へ加入した。 2019年7月27日、J3第18節・アスルクラロ沼津戦の52分に挙げた得点がJ3リーグの通算3,500得点目を記録した。 2021年、AC長野パルセイロへ移籍を発表した。 2024年7月1日、カマタマーレ讃岐に期限付き移籍することが発表された。
角南 果帆(すなみ かほ、1993年1月5日 - )は、岡山… 角南 果帆(すなみ かほ、1993年1月5日 - )は、岡山県倉敷市出身のハンドボール選手。 実姉は同じく元ハンドボール選手の角南唯、角南涼(双子の姉妹)。 2015年に日本ハンドボールリーグの三重バイオレットアイリスへ加入。背番号は「11」。 2016年には第24回世界学生選手権(スペイン)の日本代表U-24に選出され、7月には日本代表に選出された。 2016-17年シーズンは背番号を「9」へ変更。シーズン終了後の2017年4月24日に退団を発表した。 2017年10月16日にソニーセミコンダクタマニュファクチャリングへ移籍。背番号は「19」。 2018-19年シーズンから背番号を「24」へ変更。
伊尾木 洋斗(いおき ようと、1992年12月20日 - )… 伊尾木 洋斗(いおき ようと、1992年12月20日 - )は、日本の元ラグビー選手。 ラグビーを始めたきっかけは友人に誘われたことから。 2011年、洛北高校卒業後、大阪体育大学に入る。 2015年、大阪体育大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツ(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。同年11月14日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のヤマハ発動機ジュビロ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2023年、現役を引退した。
堤 由貴(つつみ よしたか、1992年10月31日 - )は… 堤 由貴(つつみ よしたか、1992年10月31日 - )は、京都府京都市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城所属。 京都市立月輪中学校時代は2007年の第16回JOCジュニアオリンピックカップで優秀選手に選ばれた。 中学卒業後は京都府立洛北高等学校へ進学。2009年は男子ユースオリンピックアジア予選の日本代表U-19に選出された。 2010年は第4回男子ユースアジア選手権の日本代表U-19に選出。 高校卒業後は明治大学へ進学。2012年は第13回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選ばれた。同年の関東学生ハンドボール・秋季リーグでは優秀新人賞を受賞。
眞継 麻礼(まつぎ まあや、1992年10月3日 - )は、… 眞継 麻礼(まつぎ まあや、1992年10月3日 - )は、奈良県生駒市出身の元ハンドボール選手。 京都府立洛北高等学校時代は2010年に日・韓・中ジュニア交流競技会の日本代表に選出された。 高校卒業後は大阪教育大学へ進学。2014年に第2回U-22東アジア選手権の日本代表に選出。同年の全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)では優秀選手賞を受賞した。 2015年に日本ハンドボールリーグの広島メイプルレッズへ加入。 2017-18年シーズンはリーグ8位のフィールド得点(79得点)を記録した。 2018-19年シーズンはリーグ10位となる81得点を挙げた。 2019-20年シーズン限りで現役を引退。
田邉 夕貴(たなべ ゆき、1989年8月25日 - )は、京… 田邉 夕貴(たなべ ゆき、1989年8月25日 - )は、京都府京田辺市出身の元ハンドボール選手。 大阪体育大学時代の2009年に行われた第14回ヒロシマ国際ハンドボール大会で、日本代表に初選出。同年の世界選手権の日本代表にも選出された。 2012年に日本ハンドボールリーグの北國銀行へ加入。背番号は「7」。2012-13年シーズンは最優秀新人賞を受賞した。 2013-14年シーズンはベストセブンに選出された。 2014年にハンガリーのフェヘールヴァールKCへ移籍。2015-16年シーズン限りで退団。 2016年10月3日に北國銀行へ復帰。背番号は「2」。
成田 幸平(なりた こうへい、1989年6月15日 - )は… 成田 幸平(なりた こうへい、1989年6月15日 - )は、京都府京都市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ紡織九州レッドトルネードSAGA所属。 大阪体育大学時代の2008年に第11回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出。 2012年2月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。2月25日に行われた北陸電力戦で初出場し、1得点を挙げた。 2013年に行われた第18回ヒロシマ国際ハンドボール大会で日本代表に選出された。 2013-14年シーズンはリーグ1位のフィールド得点を記録し、ベストセブンに選ばれた。シーズン中の2014年1月には第16回男子アジア選手権の日本代表に選出。
関 義哉(せき よしや、1989年4月7日 - )は、日本の… 関 義哉(せき よしや、1989年4月7日 - )は、日本の男性歌手、J-pop、ダンサー、タレント。京都府京都市出身。身長171cm。京都府立洛北高等学校、滋賀大学経済学部卒業。 男性アイドルグループ新選組リアンの元メンバー。同グループではリーダーを務めていた。 2009年、島田紳助プロデュースの京都を中心とする地域密着型の大学生5人組アイドルユニット・新選組リアンのメンバーに選ばれ芸能界デビュー。メンバーの中で唯一京都府出身であり、かつ唯一国立大学に在学していた。 2010年4月から『紳助社長のプロデュース大作戦!』にレギュラー出演。同番組内で民宿の手伝いをしていたメンバーが「ビーチボーイズ」として2011年7月にCDデビューした際、その責任者に任命された。
中浦 成崇(なかうら しげたか、1988年5月23日 - )… 中浦 成崇(なかうら しげたか、1988年5月23日 - )は、京都府京田辺市出身の元ハンドボール選手。 大阪体育大学時代は2008年の関西学生ハンドボールトーナメント選手権大会でベストセブンに選出。 2009年は西日本学生選手権大会で優秀選手賞を受賞。 2010年は西日本学生選手権大会で2年連続となる優秀選手賞を受賞。同年の関西学生ハンドボール・秋季リーグではベストセブンに選ばれた。 2011年2月に日本ハンドボールリーグの湧永製薬へ加入。 2020-21年シーズン限りで現役を引退。
寺田 三友紀(てらだ みゆき、現姓:須東、1987年1月6日… 寺田 三友紀(てらだ みゆき、現姓:須東、1987年1月6日 - )は、京都府京都市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のハニービー石川でGKコーチを務めている。 2009年に日本ハンドボールリーグの北國銀行へ加入。背番号は「1」。 2012-13年シーズン限りで正GKの田代ひろみが現役を引退し、正GKへ昇格。2013-14年シーズンはリーグトップの阻止数(250)を記録し、シュート阻止率はリーグ2位の.460を記録した。 2014-15年シーズンはリーグ2位のシュート阻止率(.476)を記録。初のベストセブンに選出された。 2015-16年シーズンも3年連続でリーグ2位のシュート阻止率(.513)を記録し、2年連続でベストセブンに選出。
大江勇詞(おおえ ゆうじ、1986年4月20日 - )は、京… 大江勇詞(おおえ ゆうじ、1986年4月20日 - )は、京都府出身のサッカー選手。ポジションはFW、MF。
上田 藍(うえだ あい、1983年10月26日 - )は、日… 上田 藍(うえだ あい、1983年10月26日 - )は、日本のトライアスロン選手。京都府京都市出身。 京都府立洛北高等学校卒業。稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ所属。身長155cm、体重44kg。愛称は藍ちゃん。2016世界トライアスロンシリーズ年間総合3位。NTTジャパンランキング年間1位に9度輝くなど、長年に渡って日本トライアスロン界の第一人者として活躍している。 1983年、京都市生まれ。京都市立加茂川中学校では競泳選手として、京都府立洛北高校では陸上競技選手であったが、高校2年の冬にトライアスロンに転向した。山根英紀から指導を受けるため、千葉市稲毛区へ拠点を移した。 独特のストライド走法であるランを武器に頭角を現し、2006年、ドーハで行われたアジア大会で銀メダルを獲得。
真継 丈友紀(まつぐ ともゆき、1982年8月10日 - )… 真継 丈友紀(まつぐ ともゆき、1982年8月10日 - )は、日本のラグビーレフリー(審判員)。2021年現在、日本協会A級公認レフリーを務めている。選手時代のポジションはBK。 小学3年生からラグビーを始めた。 洛北高校、同志社大学を経て、大学在学中3年生でレフリーになる。
橋田 聡司(はしだ さとし、1981年12月20日 - )は… 橋田 聡司(はしだ さとし、1981年12月20日 - )は、京都府出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。元ユニバーシアード日本代表。 同志社大学時代にJFA・Jリーグ特別指定選手としてヴィッセル神戸に選手登録、2ndステージ第4節vs清水戦でベンチ入りを果たした。また、大学選抜としてユニバーシアード大邱大会にも選出されたが、正GKは塩田仁史が務め、予選リーグのみの出場に留まった。 大学卒業後、2004年に京都パープルサンガ入団。3月27日J2 第3節 対湘南戦でサブに入り、2005年11月19日 J2 第41節 対札幌戦でJリーグデビュー、その年の天皇杯4回戦 対大宮戦に出場し1点ビハインドのロスタイムに攻撃参加、コーナキックにヘッドで合わせるもゴールはならなかった。
岡 宏道(おか ひろみち、1979年10月12日 - )は、… 岡 宏道(おか ひろみち、1979年10月12日 - )は、日本のサッカー審判員、僧侶である。 京都府京都市左京区にある浄土宗の寺院・大乗寺の長男として生まれる。洛北高校サッカー部に在籍していた際、練習試合で審判を務めていたところを、対戦相手の指導者であり元国際副審の山口森久に勧められ、審判員資格取得を志す。 佛教大学卒業後、2006年12月に27歳で1級審判員の資格を取得し、翌年から日本フットボールリーグ (JFL) で審判を担当。2009年はJ2リーグの副審20試合とJFLの主審を兼務し、合計約70試合の審判を担当。第11回日本フットボールリーグ優秀レフェリー賞を受賞した。 2010年に、J2主審に昇格。
4代目 桂 米之助(かつら よねのすけ、1978年9月29日… 4代目 桂 米之助(かつら よねのすけ、1978年9月29日 - )は、京都府京都市出身の上方落語家。本名:大倉 正裕。所属事務所は米朝事務所。 京都府立洛北高等学校、阪南大学国際コミュニケーション学部国際観光学科卒業。高校1年生の時に友人に連れられて行った公開番組「ざこば・鶴瓶らくごのご」(ABCテレビ)で初めて落語という存在に直接触れ感銘を受けた。大学3回生の時にアルバイト先にあった新聞の広告にあった「桂米朝上方落語ワークショップ」が目に入り、オーディションの末合格。審査員を務めていた桂吉朝から「酒の粕」のネタをつけてもらい、桂米朝と共に出演した発表会でウケたのがきっかけになり、落語家になろうと決意。
中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都… 中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都府出身の日本の陸上競技選手。七種競技および五種競技日本記録保持者。中京大学大学院、日本保育サービス所属。2004年のアテネオリンピックでは五輪の七種競技史上初の日本人選手として出場。2002年~2009年の日本選手権では七種競技で8連覇を果たす。身長167cm。愛称は「カメ」。
中村 直人(なかむら なおと、1969年1月18日 - )は… 中村 直人(なかむら なおと、1969年1月18日 - )は、日本の実業家、元ラグビー選手。競技引退後は、祖父が創業した酒類販売店「なおかつ」の代表取締役社長を務めている。 洛北高校(同期にサッカー選手・指導者の曺貴裁がいる)、同志社大学を経て、1991年、サントリー(現:東京サントリーサンゴリアス)に加入。 1998年5月3日に行われたパシフィック・リム選手権カナダ戦で日本代表初キャップを獲得した。 2002年、現役を引退した。 その後サントリーサンゴリアス、キヤノンイーグルスのコーチを経て、2013年、同志社高校のヘッドコーチ就任。
曺 貴裁(チョウ キジェ、英: Cho Kwi Jae、朝:… 曺 貴裁(チョウ キジェ、英: Cho Kwi Jae、朝: 조귀재、1969年1月16日 - )は、京都府京都市左京区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。在日韓国人。現役時代のポジションはディフェンダー。 上の妹はTBSテレビ社員(2025年7月より情報制作局長)の曺琴袖。 小学4年生からサッカーを始め、京都府立洛北高校を卒業後は早稲田大学商学部に入学し、ア式蹴球部に入部した。 大学卒業後は日立製作所に入団。1994年に浦和レッズへ移籍。1996年にヴィッセル神戸へ移籍して1997年シーズンを最後に現役を引退した。 引退後の1998年にドイツへ渡ってケルン体育大学でサッカーの指導を学び、2000年に帰日後は川崎フロンターレのアシスタントコーチ、ジュニアユース監督、セレッソ大阪コーチを経て、2005年に湘南ベルマーレへ入団。
山本 和嘉子(やまもと わかこ、1968年7月18日 ‐ )… 山本 和嘉子(やまもと わかこ、1968年7月18日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。 京都府京都市左京区生まれ。京都市立下鴨中学校、京都府立洛北高等学校を経て、同志社大学文学部文化学科国文学専攻を卒業後、京都信用金庫に入社。1993年5月15日には京都三大祭りの「葵祭」の第38代斎王代を務めた。その後、参議院議員の福山哲郎の公設秘書などを務めた。 2017年10月9日、立憲民主党は第48回衆議院議員総選挙の第2次公認として、選挙区候補1人と、比例単独候補15人を発表。候補者が確定した。比例北陸信越ブロックの名簿には西村智奈美(新潟1区)が重複立候補者として1位で、松平浩一が単独2位で、山本が単独3位で搭載された。
平澤 創(ひらさわ はじめ、1967年3月26日 - )は、… 平澤 創(ひらさわ はじめ、1967年3月26日 - )は、日本の実業家。大阪芸術大学卒業。株式会社フェイス代表取締役社長。日本コロムビア株式会社取締役会長。 京都府京都市に生まれる。京都府立洛北高等学校を卒業した後、大阪芸術大学芸術学部へ進学する。大学在学中からアルバイトでTV番組の作曲や音楽制作などに関わる。 大学卒業後、任天堂での勤務を経て、1992年に起業。株式会社フェイスを設立し、同社の代表取締役社長に就任。1999年、世界で初めて携帯の「着信メロディ」をダウンロードする仕組みを創り、世界約100ヵ国、累計約90億台以上の携帯端末に搭載される。2001年、JASDAQ上場。2002年、35歳当時、同社の東証一部上場を創業社長としては当時史上最年少で果たした。
河本 宏(かわもと ひろし、1961年6月9日 - )は、日… 河本 宏(かわもと ひろし、1961年6月9日 - )は、日本の基礎医学研究者・医師。京都大学医生物学研究所所長、再生免疫学分野教授、藤田医科大学教授兼務。リバーセル株式会社創業者。免疫学、血液学、再生医学の領域で多くの業績を残している。科学コミュニケーションにも力を入れており、その一環としてバンド活動やサイエンスイラストレーションの制作を行っている。 1961年京都生まれ。葵小学校、下鴨中学校、洛北高校卒。1986年京都大学医学部卒。京大病院で1年間、関西電力病院で2年間の内科研修後、1989年京大病院第一内科大学院 伊藤和彦研で遺伝子治療を研究。1994年京大胸部疾患研究所(現医生物学研究所)の桂義元研で造血過程及びT細胞分化の研究を開始。
中江 裕司(なかえ ゆうじ、1960年11月16日 - )は… 中江 裕司(なかえ ゆうじ、1960年11月16日 - )は、日本の映画監督。 京都府京都市出身。京都府立洛北高等学校から琉球大学農学部へ入学して以後、沖縄県で生活する。 学生時代から映画研究会で8ミリ作品を発表しており、自主映画の仲間とともにオムニバス映画『パイナップル・ツアーズ』を制作して商業映画デビュー。日本映画監督協会新人賞を受賞する。以降も、作品のほとんどは沖縄を舞台にしている。2000年に自ら監督・脚本を担当した映画『ナビィの恋』で芸術選奨新人賞、新藤兼人賞・金賞を受賞、2002年の『ホテル・ハイビスカス』では第15回東京国際映画祭審査員特別賞を受賞した。 また、2005年5月には真喜屋力らと、那覇市の閉館した映画館を「桜坂劇場」として復活(劇場支配人は真喜屋)。
松本 整(まつもと ひとし 1959年5月20日 - )は、… 松本 整(まつもと ひとし 1959年5月20日 - )は、元競輪選手、現在はスポーツトレーナー、実業家。京都市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第45期生。登録番号は9996。現役時は日本競輪選手会京都支部所属。師匠は木代隆治。初出走は1980年4月19日の門司競輪場で初勝利も同レース。血液型はA型。 松本は幼い頃に両親が離婚し、それからは母・光子により女手一つで育てられる。母親は理不尽なことについては断固として意志を曲げない人で、中学時代、髪型をリーゼントパーマにした松本に対し、初めて見た時は何も言わずも、翌日から「パーマ反対」と書いたカードを家の中で一週間にわたって掲げ続け、松本が根負けする形でパーマを辞めさせたこともあった。
澤田 惠介(さわだ けいすけ、1956年〈昭和31年〉- )… 澤田 惠介(さわだ けいすけ、1956年〈昭和31年〉- )は、日本の工学者。専門は航空宇宙工学(空気力学)。第4代仙台高等専門学校校長。東北大学教授、日本航空宇宙学会会長などを歴任した。 1956年(昭和31年)大阪府で生まれる。京都府立洛北高等学校を経て、京都大学に入学。京都大学工学部航空工学科4回生の際に研究室を選ぶことになり、当初は実験系の研究室を見学したものの希望者の多さに怖気づき、このとき一緒に見学した嶋田徹(後の宇宙航空研究開発機構名誉教授)とともに空気力学研究室を選択した。 1980年(昭和55年)に京都大学工学部航空工学科を卒業し、1982年(昭和57年)には京都大学大学院工学研究科航空工学専攻修士課程を修了した。
山本 和夫(やまもと かずお、1955年8月9日 - )は、… 山本 和夫(やまもと かずお、1955年8月9日 - )は、日本のテレビプロデューサー。株式会社ドラマデザイン社代表取締役。 元読売テレビチーフプロデューサー。京都府京都市出身。 京都府立洛北高校、慶應義塾大学文学部ドイツ文学科卒業後、1979年読売テレビ入社。 入社後はバラエティ番組のADを務めていたが、1983年にドラマ制作部に転属し、木曜ゴールデンドラマ『ガラスの中の幸福』(1986年)でディレクターに昇進。その後、朝の連続ドラマ担当を経て、1992年春の改編で新設されたプライムタイム枠の連続ドラマプロデュース・メイン監督を任される。第1作となった石田ひかり主演の『悪女』がヒットした。 以後は同社の東京支社制作部のチーフプロデューサーとして、ドラマ及びバラエティ番組で活動した。
島崎 俊郎(しまざき としろう、本名同じ、1955年〈昭和3… 島崎 俊郎(しまざき としろう、本名同じ、1955年〈昭和30年〉3月18日 - 2023年〈令和5年〉12月6日)は、日本のお笑いタレント、リポーター、タレント、俳優。血液型A型。身長175 cm、体重85 kg。所属事務所はケイダッシュステージ(芸人部門では最古参であった)。元ヒップアップのリーダー。 高知県高知市生まれ、京都府京都市左京区育ち。京都府立洛北高等学校卒業。 高知県で4人兄弟の末っ子として生まれ、小学4年生まで高知に住み、その後、父親の仕事の都合で京都へ引っ越す。京都市立洛北中学校入学の際、野球部に入部するつもりでグランドに出ると野球部員が3,4人しかおらず、人だかりができているサッカー部に入部する。
池田 信夫(いけだ のぶお、1953年〈昭和28年〉10月2… 池田 信夫(いけだ のぶお、1953年〈昭和28年〉10月23日 - )は、日本の経済評論家、ブロガー。 時事問題、経済、科学などを扱うWebサイト「アゴラ」を運営している。NHK職員として報道番組の制作を経て、国際大学GLOCOM助教授、教授、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)上席研究員、上武大学教授などを歴任した。株式会社アゴラ研究所代表取締役社長。 1953年〈昭和28年〉10月23日 京都府で京都市役所職員の子として生まれる。 朝日新聞社からも内定をもらっていたが、新人記者を警察記者クラブで研修させる「サツ回り」が嫌で断ったとブログでコメントしている。 NHKでは報道局特報部でディレクターを務め、『ニュースセンター9時』の制作に関わり、『クローズアップ現代』では初代デスクを務めた と語っている。
植木 宣隆(うえき のぶたか、1951年9月 - )は京都府… 植木 宣隆(うえき のぶたか、1951年9月 - )は京都府出身の編集者で、出版事業家である。株式会社サンマーク出版 取締役会長。 1951年京都生まれ。1976年京都大学文学部独文科卒業。 株式会社潮文社を経て78年、サンマーク出版の前身である株式会社教育研究社に入社。 戦後2番目(当時)の大ヒットとなった春山茂雄著『脳内革命』(1995年、410万部)をはじめとして、久徳重盛著『母原病』(1979年)や船井幸雄著『これから10年 生き方の発見』(1992年)などを企画編集した。リチャード・カールソン著『小さいことにくよくよするな!』(1998年、173万部)や稲盛和夫著『生き方』(2004年、150万部)、新谷弘実著『病気にならない生き方』(2005年、140万部)、近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』(2011年、159万部)など、編集長として、また経営者として8冊の単行本ミリオンセラーに恵まれてきた。
今井 敬三(いまい けいぞう、1950年11月19日 - )… 今井 敬三(いまい けいぞう、1950年11月19日 - )は、京都府京都市左京区出身の元サッカー選手、実業家。1970年代後半の日本を代表するディフェンダー(当時はフルバック)。 京都府立洛北高等学校、同志社大学を経て日本サッカーリーグ(JSL)の藤和不動産サッカー部/フジタ工業クラブサッカー部(現、湘南ベルマーレ)で9年間プレイ。1977年から1980年まで4年連続でJSLベストイレブンに選出され、1979年には日本年間最優秀選手賞(フットボーラー・オブ・ザ・イヤー)にも輝いている。古前田充と共にフジタの守備の中心選手だった。 日本代表選手としては1978年アジア大会やモスクワオリンピック予選などに出場し、代表主将も務めた。
高松 明(たかまつ あきら、1949年〈昭和24年〉11月1… 高松 明(たかまつ あきら、1949年〈昭和24年〉11月10日 - )は、日本の外交官。キューバ駐箚特命全権大使、スロバキア駐箚特命全権大使を歴任した。 京都府出身。京都府立洛北高等学校を経て、1974年(昭和49年)京都大学法学部を卒業し、外務省に入省する。ハーバード大学大学院、モスクワ大学にてロシア語研修。 大使館一等書記官としてソ連、フランスに在勤。本省では国際連合局、欧亜局、情報調査局に勤務し、総合外交政策局軍備管理軍縮課長を務める。 1996年在大韓民国大使館経済担当公使、1998年在ジュネーブ国際機関代表部経済担当公使、在ウラジオストク総領事、大臣官房審議官兼総合外交政策局(軍備管理・科学審議官組織)、内閣府大臣官房遺棄化学兵器処理担当室長、駐キューバ特命全権大使、独立行政法人科学技術振興機構審議役、理事、国際担当本部長を経て、2011年(平成23年)10月、駐スロバキア特命全権大使。
小松 幸平(こまつ こうへい、1948年 - ) は、日本の… 小松 幸平(こまつ こうへい、1948年 - ) は、日本の林学者。京都大学名誉教授。 京都市生まれ。京都府立洛北高等学校を経て、1972年京都府立大学農学部林学科卒業。1977年京都大学大学院農学研究科林産工学専攻博士後期課程研究指導認定同退学。同年農学博士。 1977年北海道立林産試験場複合材試験科研究員。1981年森林研究所木構造研究室招聘研究員。1986年農林水産省森林総合研究所木構造研究室主任研究官。1989年農林水産省森林総合研究所接合研究室室長。1996年京都大学木質科学研究所構造機能分野助教授。 2000年京都大学木質科学研究所構造機能分野教授。2004年京都大学生存圏研究所生活圏構造機能分野教授。
横山 俊夫(よこやま としお、1947年11月10日 - )… 横山 俊夫(よこやま としお、1947年11月10日 - )は、日本の文化史・比較文明学者、京都大学名誉教授、公立大学法人静岡文化芸術大学理事長 兼 静岡文化芸術大学学長。専門は文明学。 京都市生まれ。京都府立洛北高等学校を経て、1970年京都大学法学部卒業。1972年、同大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、京都大学人文科学研究所助手。1981年、京都大学人文科学研究所助教授。1983年、オックスフォード大学哲学博士(D. Phil.)。1998年、京都大学人文科学研究所教授。2005年から2008年9月まで、京都大学副学長。2012年、同大学を定年退職、名誉教授。2012年から2016年まで、滋賀大学理事・副学長。
田中 均(たなか ひとし、1947年1月15日 - )は、日… 田中 均(たなか ひとし、1947年1月15日 - )は、日本の外交官。公益財団法人日本国際交流センターシニア・フェロー、日本総合研究所理事長。 北米局北米二課長、アジア局北東アジア課長、英国国際戦略研究所研究員、在連合王国日本国大使館公使、総合外交政策局総務課長、北米局審議官、在サンフランシスコ日本国総領事、外務省経済局局長、外務省アジア大洋州局局長、外務審議官(政務担当)などを歴任した。 アジア大洋州局長時代に北朝鮮と秘密裏に交渉し、2002年の日朝首脳会談を実現させた。 京都府京都市生まれ。京都府立洛北高等学校を経て、1969年京都大学法学部卒業後、外務省に入省。1972年オックスフォード大学哲学・政治・経済学修士課程(P.P.E.)修了。
谷川 稔(たにがわ みのる、1946年12月 - )は、日本… 谷川 稔(たにがわ みのる、1946年12月 - )は、日本の歴史学者。専門は、フランス近代史。 京都の近代社会史研究会などを拠点にした、社会史研究第二世代の担い手。『十字架と三色旗』で日本のフランス近代史像を刷新し、大著ノラ編『記憶の場』の全容紹介で「記憶の歴史学」に寄与した。 京都府京都市生まれ。1965年府立洛北高校卒業。1970年京都大学文学部史学科卒業、1975年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1976年10月から、大阪産業大学専任講師・助教授、奈良教育大学助教授、奈良女子大学教授、同大学院教授、パリ第一大学客員教授などを経て、1998年京都大学大学院文学研究科教授。
坂田 好弘(さかた よしひろ、1942年9月26日 - )は… 坂田 好弘(さかた よしひろ、1942年9月26日 - )は、日本の元ラグビー選手・ラグビー指導者。大阪体育大学名誉教授、日本ラグビーフットボール協会理事、関西ラグビー協会長を務める。 2012年までは大阪体育大学ラグビー部監督を務め、2013年から同ラグビー部エグゼクティブ・アドバイザー。日本ラグビー史、ワールドクラスの選手として知られている。2012年に東洋人として初となるワールドラグビー殿堂入りを果たした。 洛北高校から同志社大学に進学。在学中の1963年、全日本のメンバーに初選出される。大学卒業後は、近畿日本鉄道(近鉄)に入社。ラグビー部(現花園近鉄ライナーズ)に入部。 1968年、大西鉄之祐監督率いる全日本のニュージーランド遠征メンバーに選ばれ、オールブラックス・ジュニア相手に4トライを上げ、大金星に貢献。
松井 芳郎(まつい よしろう、1941年2月21日 - )は… 松井 芳郎(まつい よしろう、1941年2月21日 - )は、日本の法学者。名古屋大学名誉教授。専門は国際法。法学修士(京都大学)。京都府出身。元民主主義科学者協会法律部会理事。 指導教官は田畑茂二郎。 父親は京都大学経済学部教授を務めた松井清(国際貿易論)。