スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
平良 拳太郎(たいら けんたろう、1995年7月12日 - … 平良 拳太郎(たいら けんたろう、1995年7月12日 - )は、沖縄県国頭郡今帰仁村出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 4人きょうだいの3番目として、大自然に囲まれた今帰仁村に生まれた。沖縄県出身者の地域性通り時間にルーズであったが、あくまで時間に遅れるのは私生活だけで、野球関連では絶対に遅刻しなかった。 今帰仁村立今帰仁中学校時代からエースとして活躍。 沖縄県立北山高等学校時代はチームを沖縄県春季大会優勝・2013年春季九州大会8強に導き、センバツ出場の創成館を相手に16奪三振の2安打完封勝ちを収めている。 高校時代は少なくとも1日に10km超の走り込みで体を作った。
北山亭 メンソーレ(ほくざんてい メンソーレ、1982年3月… 北山亭 メンソーレ(ほくざんてい メンソーレ、1982年3月8日 - )、は沖縄県国頭郡今帰仁村出身の落語家。本名:山城伸伍。立川志の輔門下では立川メンソーレ(たてかわ メンソーレ)を名乗った。 沖縄県立北山高等学校を経て、琉球大学工学部情報工学科に入学。大学在学中は琉球大学落語研究会に所属。入部当初はコントや漫才などに取り組んでいたが、次第に落語に傾倒。「愚歌等 落生(←落笑←落小)」(ぐうたら らくしょう)を名乗り、数多くのネタにも挑戦する。大学休学中の2004年2月に参加した「第一回全日本学生落語選手権・策伝大賞」で優勝し「策伝大賞」を受賞する。 同年3月に大学を中退し、4月より立川志の輔に入門。
目取真 俊(めどるま しゅん、1960年10月6日 - )は… 目取真 俊(めどるま しゅん、1960年10月6日 - )は、日本の小説家、政治活動家。芥川賞受賞者。本名、島袋正。 沖縄県国頭郡今帰仁村出身。沖縄県立北山高等学校を経て琉球大学法文学部卒業。期間工、警備員、塾講師などを経て県立高校の国語教師を務めるが、2003年に退職。 在職中の1997年に『水滴』で第117回芥川賞を受賞。この時選考委員だった日野啓三は「また沖縄か、という人が少なくないだろう」、石原慎太郎は「またしても沖縄という感じだが」と発言したが、仲程昌徳は「沖縄文学の水準はそれほど高くなっていた」と語る。 沖縄の自然や風土、歴史に根ざした小説を発表している。『水滴』『魂込め』には、沖縄戦の記憶を背負って生きる庶民の姿が描かれている。
具志堅 興清(ぐしけん こうせい、1942年6月10日 ‐ … 具志堅 興清(ぐしけん こうせい、1942年6月10日 ‐ )は、日本の元陸上競技選手。専門は三段跳。1972年ミュンヘンオリンピックの日本代表。
上原 康助(うえはら こうすけ、1932年〈昭和7年〉9月1… 上原 康助(うえはら こうすけ、1932年〈昭和7年〉9月19日 - 2017年〈平成29年〉8月6日)は、日本の政治家、労働運動家。位階は従三位、勲等は勲一等。 衆議院議員(10期)、北海道開発庁長官(第59代)、沖縄開発庁長官(第28代)、国土庁長官(第24代)を歴任。 沖縄県国頭郡本部町字伊豆味に、農業・上原幸福の二男として生まれる。1951年沖縄県立北山高等学校を卒業後、米軍沖縄地区工作隊に就職する。当時の米軍基地では、USCARの布令116号でストライキに参加することは違法で解雇とされ、琉球住民への賃金差別をはじめとする差別待遇が横行していた。やがてある日一方的に解雇通告を受けたことを契機に労働問題への関心を強め、1960年上原が中心となって「軍労働問題研究会」を立ち上げ、翌1961年には全沖縄軍労働組合連合会を結成、委員長となる。