スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
與那原 大剛(よなはら ひろたか、1998年3月9日 - )… 與那原 大剛(よなはら ひろたか、1998年3月9日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。 小学3年生で野球を始め、6年生の時には県大会ベスト8進出、学童軟式野球全国大会優勝を果たす。桑江中学校では日隈ジュリアスと同級生だった。 高校進学を控え複数の高校から勧誘を受けたものの、小学校時からバッテリーを組んでいたチームメイトと同じ高校に入ることを希望し、沖縄県立普天間高等学校に進学した。高校では3年夏の全国高等学校野球選手権大会で県予選ベスト8に進出したのが最高成績で、甲子園出場は果たせなかったものの、身長190cm、体重89kgの体格と、最高球速148km/hの速球で注目され、県予選ではプロ11球団のスカウトが視察に訪れていた。
後間 秋穂(こしま あきほ、1995年10月30日 - )は… 後間 秋穂(こしま あきほ、1995年10月30日 - )は、沖縄テレビ放送 (OTV) のアナウンサー。 沖縄県沖縄市出身。沖縄市立沖縄東中学校、沖縄県立普天間高等学校、福岡大学スポーツ科学部卒業。学生時代は陸上競技の選手で、2015年9月に行われた第43回九州学生陸上競技対校選手権大会において三段跳びで優勝し、走り高跳びでも3位に入賞している。 大学を卒業後、2018年に沖縄テレビに入社。
比嘉 梨乃(ひが りの 1992年5月11日 - )は、日本… 比嘉 梨乃(ひが りの 1992年5月11日 - )は、日本の女優、タレント、元アイドル。旧芸名、ヒガリノ。沖縄県沖縄市出身。ソニー・ミュージックアーティスツを経て、REVIVE所属。夫はお笑いコンビデニスの植野行雄。
元山 仁士郎(もとやま じんしろう、1991年 - )は、沖… 元山 仁士郎(もとやま じんしろう、1991年 - )は、沖縄県宜野湾市出身の一橋大学大学院生、政治活動家。法政大学沖縄文化研究所奨励研究員。 SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)や、SEALDs RYUKYUの設立に参画したのち、「辺野古」県民投票の会代表として条例制定を求める活動を行った。 沖縄県宜野湾市出身。琉球大学教育学部附属小学校、琉球大学教育学部附属中学校、沖縄県立普天間高等学校を卒業後、大学受験浪人生活を経て、国際基督教大学教養学部在学中、SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)、ゆんたくるー、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)や、SEALDs RYUKYUの設立に参画。
大屋 あゆみ(おおや あゆみ、1984年10月5日 - )は… 大屋 あゆみ(おおや あゆみ、1984年10月5日 - )は、日本の女性ピン芸人。沖縄県宜野湾市出身・在住。よしもとエンタテインメント沖縄(吉本興業の子会社)所属。 星座はてんびん座。血液型はO型。 沖縄県立普天間高等学校卒業。 2011年YOEC(よしもと沖縄エンターテインメントカレッジ)1期生。同期は 初恋クロマニヨン、ピーチキャッスル、親泊泰秀、室田真宏など。 2024年9月、結婚。夫はテレビに出演している大屋を見て一目惚れし、番組内で彼氏募集をしていたときにダメ元で応募したことで交流が始まった。 両親が聴覚障害者のいわゆる「コーダ」であり、特技は手話(役場の手話設置通訳としての勤務経験あり、手話検定2級、手話通訳者全国統一試験合格、レジの袋詰)。
仲間 リサ(なかま リサ、1983年1月25日 - )は、日… 仲間 リサ(なかま リサ、1983年1月25日 - )は、日本のファッションモデル、タレントである。本名、名嘉真 リサ(なかま リサ)。 沖縄県出身。エイジアプロモーション所属。沖縄県立普天間高等学校卒業。沖縄アクターズスクール出身。 2005年、ファッション雑誌『PINKY』(集英社)のプリンセスPINKYオーディションにてグランプリを受賞。同年から専属モデルとして活動している。 2006年10月より『めざましテレビ』(フジテレビ)内のコーナー「早耳トレンドNo.1」のレギュラーとなる。 2010年5月より所属事務所をアンフラマンスからワタナベエンターテインメントに移籍した2014年よりDIVINEに所属。
金城 拓真(きんじょう たくま、1981年 - )は日本の実… 金城 拓真(きんじょう たくま、1981年 - )は日本の実業家。ペンネームは石川直貴。
麗美(れいみ、REIMY、1965年1月6日 - )は、日本… 麗美(れいみ、REIMY、1965年1月6日 - )は、日本のシンガーソングライター。 沖縄県宜野湾市でスペイン系フィリピン人の父と日本人の母との間に生まれる。 元クラリオンガールである姉のMAYUMI(堀川まゆみ)が持っていた麗美の写真が偶然関係者の目に留まり、1984年1月1日に松任谷正隆・由実夫妻の全面バックアップでデビュー。 スペイン系らしい鼻筋の通った欧米ハーフ顔の姉と異なり、タガログ人の特徴を強く持った愛らしい顔をしていた。 アルバム3枚を制作後、松任谷夫妻のもとを離れており、正隆は著書の中で『自分の音楽性に目覚め去ってしまった』と綴っている。 1986年にアメリカのロサンゼルスに渡り、プロデューサートレヴァー・ビーチの元でアルバム『My Sanctuary』を録音。
佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日… 佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日 - )は、日本の政治家。沖縄県宜野湾市長(3期)。元沖縄県議会議員(2期)、元宜野湾市議会議員(2期)。 沖縄(米国統治時代)の宜野湾市生まれ。父親は宜野湾市議会議員を務めた佐喜眞博。沖縄県立普天間高等学校、千葉商科大学商経学部経営学科卒業。大学卒業後、フランスに留学し、8年間滞在した。フランスでは空手の指導などをした。日本に帰国後、自由民主党に入党。1997年より旅行会社に勤務。 2001年、父親の佐喜眞博が宜野湾市議会の議長在職時にくも膜下出血で倒れ、死去。同年に行われた補欠選挙に父親の後継として立候補し、初当選した。2005年に再選。
又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は… 又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は日本の政治家。宜野湾市議(4期)を経て、沖縄県議(3期目)を務める。 1957年11月20日、宜野湾市我如古に生まれる。1976年、沖縄県立普天間高等学校卒業。1981年、琉球大学短期大学部機械工学科卒業。1990年、我如古自治会会長に就任する。1994年、宜野湾市議会議員選挙に立候補して、初当選を果たす。2002年、市議選に3選を目指して立候補したが、定数30に対し33位で落選した。2006年、市議選に無所属で立候補し、28人中4位で3選を果たし、返り咲きを果たした。2010年9月12日、市議選で28人中7位で4選を果たした。2012年3月17日、沖縄県議会議員選挙に宜野湾市選挙区から立候補する意向を表明した。
安次富 修(あしとみ おさむ、1956年2月20日 - )は… 安次富 修(あしとみ おさむ、1956年2月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 現在の沖縄県宜野湾市出身。沖縄県立普天間高等学校、亜細亜大学経済学部卒業。衆議院議員國場幸昌秘書、宜野湾市議会議員(3期)、沖縄県議会議員(4期)を経て、2005年の第44回衆議院議員総選挙で自由民主党公認で沖縄県第2区から立候補し、選挙区では敗れたが重複立候補していた比例九州ブロックで当選。 2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙では、公明党の推薦も受け自民党公認で再選を目指すも、落選した。 2010年11月28日執行の宜野湾市長選挙に保守系候補として立候補したが落選した。
安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日… 安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日 - )は、日本の政治家。元沖縄県宜野湾市長(1期)。 現在の沖縄県宜野湾市普天間出身。琉球政府立普天間高等学校卒。1972年宜野湾市役所に入る。教育委員会勤務、企画部次長などを経て、2004年助役、2008年副市長に就任。 2010年の宜野湾市長選挙に立候補し、初当選する。市長選では普天間飛行場の国外移設を掲げ、市長就任後もオスプレイの配備計画に抗議する市役所前の座り込みに自ら参加するなどしていた。2011年7月に心臓疾患で緊急入院し、9月に手術を受けたが、同年末には辞職の意向を固め、2012年1月に任期半ばで市長を退任した。 2014年7月に闘病を続けていた東京大学医学部附属病院で移植手術を受け、翌年2月に沖縄に戻った。
伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日… 伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日 - )は、日本の政治家。沖縄県選出の参議院議員(2期)、会派「沖縄の風」幹事長。 沖縄県宜野湾市長(2期)、沖縄県議会議員(2期)を歴任した。 琉球臨時中央政府中頭郡宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市)生まれ。琉球政府立普天間高等学校、琉球大学理工学部物理学科卒業。1974年、宜野湾市役所に就職。宜野湾市職労委員長、中部地区労事務局長を経て、1996年、沖縄県議会議員選挙に出馬し、初当選。2000年に再選。2003年、2期目の任期途中で辞職し、宜野湾市長選挙に出馬して当選する。2007年、宜野湾市長再選。市長在職中、沖縄県内の地方自治体で初めて中学生までの病院への入院費の無料化を実現した。
喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月1… 喜納 昌吉(きな しょうきち、1948年〈昭和23年〉6月10日 - )は、沖縄出身の日本人音楽家、平和活動家、政治家である。米軍占領下の中頭郡越來村(現・沖縄県沖縄市)生まれ。 琉球民謡を現代風にアレンジしたウチナー・ポップを確立した。バンド・喜納昌吉&チャンプルーズを率い、ヴォーカル、ギター、三線、作詞作曲を主に担当する。 参議院議員(1期)、元民主党沖縄県総支部連合会代表。 父は琉球民謡の第一人者喜納昌永。11人兄弟の四男。 琉球民謡を元にした独特のメロディとウチナーグチ(沖縄方言)が特徴的なポップスを歌ってきた。実妹らと共に結成したバンド「喜納昌吉&チャンプルーズ」の音楽は、りんけんバンド、ネーネーズ等のものと共に「ウチナー・ポップ」とも呼ばれる。
又吉 イエス(またよし イエス、1944年〈昭和19年〉2月… 又吉 イエス(またよし イエス、1944年〈昭和19年〉2月5日 - 2018年〈平成30年〉7月20日)は、日本の政治活動家、宗教家、教育者。世界経済共同体党代表で、本名は又吉 光雄(またよし みつお)。自らを「唯一神、又吉光雄・イエス・キリスト」(ゆいつしん・またよし みつお・イエス・キリスト)と称してイエス・キリストを謳い、政治活動などを行った。 沖縄県宜野湾市で、雑貨店の5人兄弟の末子として生まれる。1963年に琉球政府立普天間高等学校を卒業、1968年に中央大学商学部を卒業したのちに、東京の商社や設計事務所で勤務した。兄の又吉辰雄は元沖縄県総務部長と宜野湾市助役を務めた。 その後、沖縄に戻り自動車販売店、学習塾経営(小禄学習塾)、教会牧師(世界キリスト教会)などを務めた。
池間 誠(いけま まこと、1941年11月26日 - 201… 池間 誠(いけま まこと、1941年11月26日 - 2017年7月22日)は、日本の経済学者。専門は国際経済学。クールノー線(クールノー=池間カーブ)を提唱。一橋大学名誉教授。1998年から2000年まで日本国際経済学会会長、2000年からは同顧問。社団法人世界経済研究協会会長。1989年から1992年までオーストラリア学会代表理事。位階は従三位。 沖縄県宮古郡平良町(現宮古島市)出身。コザ教育区立コザ中学校、野嵩高等学校(現沖縄県立普天間高等学校)を経て、 2017年7月22日、死去。75歳没。没後に日本国政府により従三位に追叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月2… 照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月22日 - )は、日本の英文学者。早稲田大学名誉教授。沖縄県中頭郡北谷村(現北谷町)生まれ。1956年普天間高等学校卒業。1962年早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学、早稲田高等学院教諭。1973年早稲田大学社会科学部専任講師、1975年同助教授、1980年同教授。2007年に定年退職、名誉教授。
照屋 力(てるや ちから、1984年〈昭和59年〉は、日本の… 照屋 力(てるや ちから、1984年〈昭和59年〉は、日本の経済学者、政治家、法務コンサルタント。琉球共和党、琉球労働組合代表。 沖縄国際大学卒業後、アメリカ合衆国に留学。ハーバード大学に在籍。経済原論・ピグー税、内生的成長理論(英語版)数式証明。筆頭著者の照屋力氏は、ピグー税や内生的成長理論の一部を含む、持続可能な開発理論に関する数学的証明を独占的に確立した。企業や自治体と共同研究・事業を行う。 1984年、琉球、沖縄県生まれ。宜野湾市立大謝名小学校、宜野湾市立真志喜中学校、普天間高等学校、沖縄国際大学卒業、ハーバード大学出身。沖縄県(琉球)浦添市に先住民として生まれた。経済原論・ピグー税、内生的成長理論(英語版)数式証明。