スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
九月(くがつ、1992年〈平成4年〉9月21日 - )は、日… 九月(くがつ、1992年〈平成4年〉9月21日 - )は、日本のお笑い芸人、随筆家。 1992年、青森県八戸市出身。幼少期から理系と公務員の多い親族に囲まれ、反動から人文系と芸術に関心を持って育った。青森県立八戸高等学校に進学する。 親に「東大か京大に行けたら何をやってもいい」と言われたことをきっかけに、自由な学風への憧れから京都大学を志望する。土地で学ぶことはその土地の養分を吸うことだと捉え、青森の養分を持つ自分に京都の養分を掛け合わせたいと考えていた。 高校卒業後、一年浪人した後に京都大学教育学部に進学。教育学部を選んだのは、小中高と自分が受けてきた学校教育に疑問を持っていたからだった。大学進学によって自由で奇天烈な人生がスタートすることを期待していたために、入学後、明確にエリートコースを歩もうとしている周囲とのギャップを感じ、「ここにいたら凄い人間になってしまう」と落胆し、大学に行かなくなる時期を経験している。
工藤 淳之介(くどう じゅんのすけ、1987年2月19日 -… 工藤 淳之介(くどう じゅんのすけ、1987年2月19日 - )は、新潟放送(BSN)のアナウンサー。
拝野 健(はいの けん、1985年9月30日 - )は、日本… 拝野 健(はいの けん、1985年9月30日 - )は、日本の政治家。青森県八戸市出身。自由民主党所属の台東区議会議員(2期)。前区議会選出監査委員。 青森県立八戸高等学校 東北大学経済学部退学後、仙台で飲食店の店長を経て、衆議院議員辻清人の公設第一秘書として勤務。2019年3月の台東区議会議員選挙に33歳で初出馬。台東区議会議員に初当選。現在2期目。2023年5月より台東区監査委員。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
松尾 隆佑(まつお りゅうすけ、1983年 - )は、日本の… 松尾 隆佑(まつお りゅうすけ、1983年 - )は、日本の政治学者。博士(政治学) (法政大学) 。青森県三戸町出身。 宮崎大学テニュアトラック推進室 テニュアトラック講師。2019年に「第12回社会倫理研究奨励賞 審査員賞」受賞(南山大学社会倫理研究所)。 青森県三戸町生まれ。三戸町立三戸小学校、三戸町立三戸中学校、青森県立八戸高等学校を卒業後、一橋大学社会学部へ入学。2006年より、一橋大学大学院社会学研究科に進学し総合社会科学を専攻する。2011年に法政大学大学院政治学研究科において博士後期課程を修了し、博士号取得。 2012年、法政大学大学院政治学専攻委員会専攻誌編集委員。2014年、法政大学サステイナビリティ研究所編集委員。
上野 由加里(うわの ゆかり、1982年5月2日 - )は、… 上野 由加里(うわの ゆかり、1982年5月2日 - )は、日本のフリーアナウンサー。 青森県八戸市出身。身長167cm。血液型はO型。夫は政治家の上野賢一郎 青森県立八戸高等学校→津田塾大学卒業。大学在学中の2003年には「ミスねぶた」でグランプリに選ばれたことがある。 2005年に青森放送入社。同期入社は、菅原厚と永井まどか(現在はフリー)。2013年3月21日、「第34回NNSアナウンス大賞」ラジオ部門大賞を受賞。 音楽は洋楽が好きで、メインパーソナリティを務める『kira-kira☆ Yuka-Rhythm』は洋楽専門番組となっていた。 2018年3月28日のGO!GO!らじ丸にて、3月末でRABを退社し、青森県を離れる事を発表した。
呉 勝浩(ご かつひろ、1981年9月14日 - )は、日本… 呉 勝浩(ご かつひろ、1981年9月14日 - )は、日本で活動する韓国国籍の小説家。学位は学士(芸術)(大阪芸術大学)。デビュー前の筆名は檎 克比朗(ご かつひろ)。本名は呉 勝浩(オ・スンホ、오 승호)。 1981年(昭和56年)、青森県八戸市に在日韓国人として生まれる。八戸市の湊小学校、湊中学校を経て八戸高校へ進学、後に大阪芸術大学に進学し、芸術学部の映像学科を卒業した。それにともない、学士(芸術)の学位を取得した。在学中に就職活動を一切しておらず、卒業後はアルバイトで食いつないだ。インターネットや有線音楽放送の販売促進活動に従事していたが、当時の勤務態度について「ひどい不良アルバイターだった」と述懐しており「担当エリアに着いたら、まずファミレスに行って、そこで本を読んでいました」と語っている。
鈴木 麻里(すずき まり・1980年7月28日 - )は、日… 鈴木 麻里(すずき まり・1980年7月28日 - )は、日本のタレント、モデル、女優である。 秋田県秋田市出身、オスカープロモーション所属。青森県立八戸高等学校、お茶の水女子大学文教育学部卒業。同大学院修士課程修了。同大学院博士課程中退。 秋田県秋田市に生まれる。中学から高校までを青森県八戸市で過ごす。大学入学を機に上京。 2003年12月23日、栃木県ボウリング場協会主催のミス・コンテスト「ボウリングレディー'04コンテスト」に出場しグランプリを受賞。翌2004年には、日本スクーバ協会主催の「ミスダイバー」に選ばれた。2005年10月から2006年6月までは、ウェザーニュースで土曜・日曜日の天気キャスターを務めていた。
能瀬 さやか(のせ さやか、1979年 - )は、日本の産婦… 能瀬 さやか(のせ さやか、1979年 - )は、日本の産婦人科医・内科医。 出生地は秋田県秋田市であるが、産婦人科医の父・小倉秀彦の転勤に伴い青森県へ転居、弘前市、青森市を経て八戸市で育つ。八戸市立長者中学校、青森県立八戸高等学校を経て北里大学医学部卒業。 同愛記念病院で研修医として勤務後、2006年、東京大学医学部産婦人科学教室へ入局。2012年、国立スポーツ科学センター(JISS)の公募に応じ内科医として採用され、女性トップアスリートの診療、メディカルチェックに従事する。 JISSでの任期を終えた2017年、東京大学医学部附属病院に国立大学初の女性アスリート外来を新設。JISSでのトップアスリート中心の対応からパラアスリートや一般の学生選手、中高年の市民ランナーまで対応範囲を広げる。
佐藤 文衛(さとう ぶんえい、1975年 - )は、日本の天… 佐藤 文衛(さとう ぶんえい、1975年 - )は、日本の天文学者。専門は、恒星物理学・系外惑星。旧岡山天体物理観測所の観測施設を使って複数の太陽系外惑星や褐色矮星を発見している。 1975年宮城県多賀城市生まれ。青森県八戸市育ち。1991年八戸市立根城中学校卒業。1994年青森県立八戸高等学校卒業。1998年東京大学理学部天文学科卒業。2003年東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。博士(理学)。2003年国立天文台研究員、2004年神戸大学大学院自然科学研究科COE研究員、2005年国立天文台岡山天体物理観測所研究員、2007年東京工業大学グローバルエッジ研究院特任助教(2008年テニュアトラック助教)を経て、2009年より東京工業大学大学院理工学研究科准教授(2016年より東京工業大学理学院地球惑星科学系准教授)。
北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )… 北山 陽一(きたやま よういち、1974年2月24日 - )は、日本の歌手、ミュージシャン。男性ヴォーカルグループ・ゴスペラーズのメンバーで、主にベースボーカルを担当。 青森県八戸市出身。愛称は北山さん、北山くん、陽ちゃん、先生。身長173cm。血液型はA型。 八戸市立長者中学校を経て、青森県立八戸高等学校を卒業後、1992年に慶應義塾大学環境情報学部に入学。進級して村井徳田研(村井純と徳田英幸の共同研究室)に在籍。 大学在学中に学内のメディアセンターで偶然見かけたアカペラのライヴ映像を編集中の友人より早稲田大学のアカペラサークル「Street Corner Symphony」の存在を聞き、他大学の学生でありながらそのサークルの門を叩く。
大谷 能生(おおたに よしお、1972年6月29日 - )は… 大谷 能生(おおたに よしお、1972年6月29日 - )は、日本の評論家、サックス奏者、ラッパーである。慶應義塾大学アート・センター訪問所員。 青森県八戸市出身。中学生の頃にジャズを好きになった。青森県立八戸高等学校卒業。18歳から演奏を始める。 横浜国立大学教育学部中退。大学ではモダンジャズ研究会(YNU MODERN JAZZ SOCIETY)に所属していた。1991年入学のOBであり、同期に安川一志がいた。 1996年から2002年にかけて大和田洋平、赤坂宙勇、臼田勤哉とともに「複製技術を前提とした音楽制作に対応する批評の確立」を目的とする音楽批評誌「EsPresso」を編集・執筆していた。
梅内 美華子(うめない みかこ、1970年4月28日 - )… 梅内 美華子(うめない みかこ、1970年4月28日 - )は、歌人。短歌結社「かりん」所属。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校、同志社大学文学部文化学科卒業。 小学生の頃より作歌を開始し、1988年、高校生の時に「歌林の会」入会、馬場あき子に師事。同年、作品「放物線」50首で第34回角川短歌賞最終候補となる。大学生時代は京都大学短歌会に所属。吉川宏志、島田幸典、林和清らとともに京大短歌黄金時代のひとつを彩った。 1991年、作品「横断歩道(ゼブラ・ゾーン)」50首で第37回角川短歌賞を受賞する。2001年、『若月祭』で第1回現代短歌新人賞を受賞。NHK歌壇の司会もつとめる。2008年より角川短歌賞選考委員。
田髙 寛貴(ただか ひろたか、1969年 - )は、日本の民… 田髙 寛貴(ただか ひろたか、1969年 - )は、日本の民法学者。名古屋大学大学院法学研究科教授を経て、慶應義塾大学法学部教授。元法務省司法試験考査委員。 青森県八戸市に生まれる。青森県立八戸高等学校を経て、1991年3月、名古屋大学法学部法律学科卒業。1996年3月、名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。 1996年4月、専修大学法学部専任講師。1998年3月、博士(法学)(名古屋大学)の学位を取得。1998年4月、専修大学法学部助教授。2000年2月、特許庁工業所有権審議会弁理士試験委員会委員。 2003年4月、名古屋大学大学院法学研究科助教授。2007年4月、名古屋大学大学院法学研究科教授。
内田 俊宏(うちだ としひろ、1968年1月25日 )は経済… 内田 俊宏(うちだ としひろ、1968年1月25日 )は経済学者。専門分野はマクロ経済・地域経済。三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部 シニアエコノミストを経て、2015年4月より中京大学経済学部 客員教授。地域経済を専門分野とし、中京ローカルで多くのテレビ・ラジオ・新聞等のメディアに出演中。 中京大学経済学部には、同姓同名の内田俊博准教授のほか、前任も内田光穂客員教授と、同姓が多く混同しやすい。
水本 豊(みずもと ゆたか、1967年6月25日 - )は、… 水本 豊(みずもと ゆたか、1967年6月25日 - )は、日本の実業家。ミヤギテレビサービス代表取締役社長で、元宮城テレビ放送アナウンサー。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校(シンガーソングライターの坂本サトル、元ABAアナウンサーの松元美穂とは同期生)、立教大学卒業後、1991年4月にミヤギテレビ入社。 1994年から『ズームイン!!朝!』の四代目宮城担当キャスターを務め、『ズームイン!!SUPER』でも宮城担当キャスターを担当。合計10年『ズームイン』のキャスターを担当したが、2004年6月に柳瀬洋平にバトンタッチ。以降は『ズームイン!!SUPER』『OH!バンデス』のディレクターを務めていたが、『バンデス』ではピンチヒッターとして中継リポーターを担当することもあった。
坂本 サトル(さかもと サトル、1967年4月3日 - )は… 坂本 サトル(さかもと サトル、1967年4月3日 - )は、青森県を拠点に活動する日本のミュージシャン。本名は坂本覚(読みは同じ)。 青森県三戸郡南部町出身。OFFICE mode key(オフィスモードキー、青森市港町)所属。血液型はO型。妻は青森放送アナウンサーの筋野裕子。 1992年6月、ロックバンドJIGGER'S SONのボーカル&ギターで日本コロムビアよりメジャーデビュー。1999年よりソロ活動開始。自身の活動の他、楽曲提供やプロデュース活動も行っている。近年はラジオパーソナリティとして多くの番組を担当し活躍の場を広げている。 1992年のデビュー以来、ほぼ途切れることなくレギュラー番組をもつが現在放送中の番組は次の通り。
住澤 整(すみさわ ひとし、1965年〈昭和40年〉12月1… 住澤 整(すみさわ ひとし、1965年〈昭和40年〉12月19日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。 青森県八戸市に出生。長者山の麓の生まれで、その後、新井田で育った。八戸市立長者小学校、八戸市立大館中学校、青森県立八戸高等学校を経て、1988年(昭和63年)、東京大学経済学部を卒業。同年、大蔵省に入省。主計局総務課に配属。秋の臨時国会では、予算編成作業と並行して消費税の創設を含む税制改革関連法案を審議。1995年(平成7年)7月、岡崎税務署長。 その後は主税局調査課課長補佐(外国調査)、同局総務課課長補佐(歳入)、同局税制第2課課長補佐(消費税・揮発油税)、同局同課課長補佐(総括)、金融庁監督部銀行第2課課長補佐、同監督局銀行第2課課長補佐、主税局総務課課長補佐(総括)などを経て、2005年(平成17年)7月、財務大臣秘書官。
櫻田 淳(さくらだ じゅん、1965年1月29日 - )は、… 櫻田 淳(さくらだ じゅん、1965年1月29日 - )は、日本の政治学者。東洋学園大学教授。専門は国際政治学、安全保障。日本国際フォーラム政策委員。雪斎とも。 宮城県栗原市で生まれ、南部地方で育つ。青森県立八戸第一養護学校中学部(出生時以来の脳性小児麻痺で身体障害者手帳2級と認定)から青森県立八戸高等学校に進み、北海道大学法学部を卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程を修了。 愛知和男衆議院議員の政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師、東洋学園大学現代経営学部専任講師を務める。2005年9月、愛知が衆議院議員に返り咲いたため政策担当秘書に復帰し、東洋学園大学兼任講師となった。
坂本 政謙(さかもと まさのり、1964年 - )は、日本の… 坂本 政謙(さかもと まさのり、1964年 - )は、日本の実業家、株式会社岩波書店代表取締役社長。 1964年、青森県八戸市生まれ。青森県立八戸高等学校、立教大学法学部法学科卒業。大学時代は高畠通敏に師事。コスモ石油株式会社勤務を経て、1990年に岩波書店に入社。営業部で書店営業を担当したのち編集部へ異動、学術書の部門で『丸山眞男集』等の実務を担う。その後、『シリーズ 思考のフロンティア』や、原研哉、原田宗典等の著書を企画・編集。1999年に佐藤正午に小説を依頼し、佐藤のエッセイ集や短編集を編みながら、時が熟すのを待つ。2017年、担当した佐藤正午の『月の満ち欠け』が第157回直木賞を受賞。贈賞式では欠席した佐藤の代わりに受賞の言葉を代読した。
田頭 勉(たがしら つとむ、1962年7月29日 - )は、… 田頭 勉(たがしら つとむ、1962年7月29日 - )は、日本の作曲家。元尚美学園大学音楽表現学科講師。配偶者は田頭優子。オリジナル作品の他、劇伴など放送関係の音楽を多く手がけている。 青森県八戸市生まれ。八戸高校を卒業後上京。東京芸術大学作曲学科を卒業後、同大学院作曲科を修了。芸術学修士。在学中は松村禎三に師事。日本音楽著作権協会正会員。 日本におけるアカデミックな作曲家としての登竜門的コンクールである「日本交響楽振興財団作曲賞」で第11回と第20回と2度入選し、その入選曲「叙情的幻想曲」と「REI for Orchestra」はいずれも東京交響楽団によって演奏され、NHK-FMにて放送された。
長谷部 真理子(はせべ まりこ、旧姓:塚原、1961年4月2… 長谷部 真理子(はせべ まりこ、旧姓:塚原、1961年4月25日 - )は、元仙台放送のアナウンサーでニュースキャスター。青森県出身。 青森県立八戸高等学校、宮城教育大学卒業後、1984年、仙台放送にアナウンサーとして入社。宮城教育大学時代「ミスみやきょう」に選ばれる。『塚原真理子』として活動。 退社後結婚し、『長谷部真理子』としてフジテレビのニュース番組でキャスターを務めた。
加藤 博章(かとう ひろあき、1961年2月17日 - )は… 加藤 博章(かとう ひろあき、1961年2月17日 - )は、日本の生化学者。京都大学大学院薬学研究科薬科学専攻構造生物薬学分野教授。日本農芸化学会奨励賞受賞。 青森県生まれ。青森県立八戸高等学校を経て、1983年山形大学農学部農芸化学科卒業。1985年山形大学大学院農学研究科修士課程修了、農学修士。1988年京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了、農学博士、京都大学化学研究所研修員。1988年京都大学化学研究所文部技官。1989年京都大学化学研究所助手。1992年文部省在外研究員(ブランダイス大学ローゼンスティール基礎医科学研究センターグレゴリー・A. ペツコ教授)。1994年日本農芸化学会奨励賞受賞。
畑山 篤(はたやま あつし、1959年8月9日 - )は、日… 畑山 篤(はたやま あつし、1959年8月9日 - )は、日本のジャーナリスト。テレビ岩手専務取締役プロジェクト事業局長。元日本テレビ放送網株式会社海外ビジネス推進室長、台湾・黒剣テレビ番組製作副社長。NNN事務局長。 ISSJ(社会福祉法人国際社会事業団)理事。 青森県三戸郡五戸町出身。血液型O型。趣味:スキー、ゴルフ 青森県立八戸高等学校、上智大学外国語学部英語学科卒業。高校在学中に実用英語検定1級合格。大学時代にロータリー財団奨学生として米国に1年間留学。1984年に日本テレビ入社後は報道記者として活動。社会部、外報部、カイロ支局長、ニューヨーク支局長、外報部長、経済部長、解説委員などを務める。
滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月1… 滝沢 求(たきさわ もとめ、1958年〈昭和33年〉10月11日 - )は、日本の政治家。 自由民主党所属の元参議院議員(2期)。環境副大臣兼内閣府副大臣、外務大臣政務官、参議院環境委員長、外交防衛委員長、自由民主党副幹事長、同環境部会長、青森県議会議員(5期)を歴任。 青森県立八戸高等学校卒業。高校時代にアイスホッケー選手としてインターハイに3年連続出場。また、1977年に開催された「あすなろ国体」に青森県代表として出場し、準優勝。 中央大学法学部政治学科卒業後、元内閣総理大臣・中曽根康弘の公設秘書を務める。1995年、乱戦となった第17回参議院議員通常選挙に無所属で出馬するも落選。 1998年に青森県議会議員初当選。
福田 弥夫(ふくだ やすお、1958年(昭和33年)7月24… 福田 弥夫(ふくだ やすお、1958年(昭和33年)7月24日 - )は、青森県八戸市出身の法学者。学位は博士(法学)筑波大学。専攻は保険法学(民事法学)。日本大学法学部教授、日本大学通信教育部長等を経て、日本大学危機管理学部教授(初代学部長)。2024年4月八戸学院地域連携センター教授 ・自動車損害賠償保障法関係 ・1999年(平成11年)2月に運輸省「今後の自賠責保険のあり方に係る懇談会」委員 ・2002年(平成14年)12月に「財団法人自賠責保険・共済紛争処理機」の評議員に就任 ・2005年(平成17年)9月に金融庁「自賠責保険審議会」の委員に就任 ・2005年(平成17年)10月に国土交通省「自賠責保険制度改正後の見直しに係る有識者勉強会」委員 ・2006年(平成18年)3月に国土交通省「今後の自動車損害賠償の在り方に関する」委員 ・2008年(平成20年)7月に国土交通省「自動車事故による重度後遺障害者の「親亡き後問題」に関する検討会」座長 ・2010年(平成22年)8月に「自動車損害賠償保障制度を考える会」座長 ・2011年(平成23年)4月に「自賠責保険・共済紛争処理機構」評議員会長に就任 ・2020年(令和2年)8月に国土交通省「今後の後の自動車事故被害者救済対策のあり方に関する検討会」座長 ・2021年(令和3年)8月に国土交通省「今後の自動車事故対策勘定の在り方に関する検討会」座長代理 ・2024年(令和5年)3月に国土交通省「被害者保護増進等事業に関する検討会」座長代理 ・2006年(平成18年)4月に日本交通政策研究会監事に就任する ・2009年(平成21年)4月に軽自動車検査協会理事に就任する ・2006年(平成18年)10月に日本保険学会評議員に就任する ・2008年(平成20年)10月に日本保険学会理事に就任する ・2009年(平成21年)10月に日本私法学会理事に就任する ・2014年(平成26年)10月に日本保険学会理事長に就任する ・2018年(平成30年)10月に日本保険学会監事に就任する ・2018年(平成30年)10月に国際保険法学会理事に就任する ・小学生のころからスケートに親しみ、最初は長根リンクで金下駄で滑った。
対馬 ルリ子(つしま ルリこ、1958年3月16日 - )は… 対馬 ルリ子(つしま ルリこ、1958年3月16日 - )は、日本の医師(産婦人科医)。学位は、博士(医学)。専門科目は、周産期学、ウィメンズヘルス。医療法人社団 「ウィミンズ・ウェルネス 女性ライフクリニック銀座・新宿」理事長。 1958年青森県弘前市生まれ。4歳の時に八戸市へ転居。1976年青森県立八戸高等学校卒業。1984年弘前大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院で研修医を経て、1986年東京大学医学部産科婦人科教室入局。1989年東京大学産婦人科学教室助手。1997年に東京大学より博士(医学)の学位を取得。1998年に東京都立墨東病院の産婦人科医長に就任し、翌年から周産期センター産婦人科医長となる。
吉田 芳明(よしだ よしあき、1958年2月8日 - )は、… 吉田 芳明(よしだ よしあき、1958年2月8日 - )は、日本の実業家。株式会社アドバンテスト代表取締役社長兼グループCEO。 青森県出身。青森県立八戸高等学校卒業、横浜国立大学経営学部卒業後、1980年、日本リースに入社し、米国に駐在、人事、総務、経理など米国の管理部門を担当した。1999年、アドバンテスト株式会社に入社、2006年執行役員。2009年取締役兼常務執行役員、2016年取締役兼専務執行役員を経て、2017年1月に株式会社アバンテスト代表取締役社長に就任した。 2019年3月期にはSoCテスターのシェアを引き上げたことや、メモリーテスターの売り上げを回復したことなどにより18年ぶりの最高益を更新した。
長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22… 長谷部 剛(はせべ つよし、1957年(昭和32年)8月22日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。日本経済新聞社代表取締役会長。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、1980年に早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。大阪編集局社会部、名古屋編集部、東京編集局経済解説部、経済部に記者として勤務。その後、秘書室長、東京編集局経済部長、経営企画室長等を歴任。 2012年常務、2015年専務、2020年副社長を経て、2021年3月に社長に就任。グローバルとデジタルを両輪とする事業戦略を進め、日経電子版の有料会員数を伸ばし、2026年3月代表権のある会長に退く。
三村 申吾(みむら しんご、1956年4月16日 - )は、… 三村 申吾(みむら しんご、1956年4月16日 - )は、日本の政治家。 青森県知事(公選第17・18・19・20・21代)。衆議院議員(1期)、青森県上北郡百石町長(1期)を務めた。 父・三村輝文は元青森県議会議員で、2003年から2011年まで親子で県知事・県議会議員を務めていた。東京大学文学部の同期である妻・三村三千代は八戸学院大学短期大学部客員教授で、専門は国文学、特に古典文学。 青森県上北郡百石町(現おいらせ町)生まれ。青森県立八戸高等学校、東京大学文学部国文学科卒業。東大の同期には、立憲民主党所属の参議院議員杉尾秀哉がいた。大学卒業後、新潮社に入社。文芸編集畑を歩み、畑山博、綱淵謙錠、山口瞳、中沢けいらを担当した。
上村 貢聖(かみむら こうせい、1956年2月21日 - )… 上村 貢聖(かみむら こうせい、1956年2月21日 - )はニッポン放送報道スポーツコンテンツセンター記者兼解説委員、元アナウンサー。 青森県三戸郡出身。生まれて間もない頃に一家は同県八戸市に転居。青森県立八戸高等学校から早稲田大学教育学部に進学し、大学時代はアナウンス研究会に所属。大学卒業後の1979年4月にニッポン放送入社。 入社3年目の1981年7月に糸居五郎から『オールナイトニッポン』月曜第二部のパーソナリティを引き継ぐ。中島みゆき著「伝われ、愛―月曜のスタジオから」に実名で登場する。 1990年代中にはアナウンサーから編成部プロデューサーに異動、『高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団』、『加トちゃんのラジオでチャッ!チャッ!チャッ!』などのプロデューサーを務めた。
小泉 公二(こいずみ こうじ、1956年 - )は、日本のテ… 小泉 公二(こいずみ こうじ、1956年 - )は、日本のテレビディレクター、テレビプロデューサー。NHKエグゼクティヴ・プロデューサーや、NHK理事待遇関連事業局長、NHK出版代表取締役社長等を歴任した。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、上智大学法学部卒業後、1979年日本放送協会(NHK)に入局し、ディレクターとなった。NHK報道局エグゼクティヴ・プロデューサー等を経て、2008年NHK編成局編成主幹。 NHK編成局編成主幹・衛星放送センター長を経て、2011年NHK関連事業局長。2014年NHK関連事業局長(理事待遇)。2015年NHK出版代表取締役社長。2017年NHKインターナショナル理事長。
長谷川 晋(はせがわ すすむ、1955年(昭和30年)10月… 長谷川 晋(はせがわ すすむ、1955年(昭和30年)10月14日 - 2020年(令和2年)9月8日)は、日本の元外交官。青森県八戸市出身。欧州や中東など計7か国で特命全権大使などを歴任した。2018年退官。 青森県立八戸高等学校を経て、1979年(昭和54年)東京大学教養学部を卒業し、外務省に入省する。大学時代はレスリング部主将を務めた。1980年から82年までグルノーブルでフランス語研修。 フランス、イスラエル、タイなどの在外公館で勤務したほか、在フランス日本国大使館一等書記官、外務省領事移住部邦人特別対策室長などを経て、防衛庁で運用局訓練課長を務めた。在イスラエル日本国大使館参事官、在オーストラリア日本国大使館公使、ウィーン国際機関日本政府代表部公使、2007年(平成19年)12月、メルボルン総領事を経て、2010年(平成22年)から2012年(平成24年)までイラク駐箚特命全権大使。
福村 裕史(ふくむら ひろし、1953年3月15日 - ) … 福村 裕史(ふくむら ひろし、1953年3月15日 - ) は、日本の物理化学者。東北大学名誉教授。元仙台高等専門学校校長。 東京都生まれ。八戸育ち。青森県立八戸高等学校を経て、1976年東北大学理学部化学第二学科卒業。1983年年東北大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了、理学博士。 1983年通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所研究員。1987年通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所主任研究官。1988年京都工芸繊維大学繊維学部高分子学科助手。1991年大阪大学工学部応用物理学科助手。1992年大阪大学工学部応用物理学科講師。1995年大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻助教授。 日本原子力研究所先端基礎研究センター客員研究員兼務を経て、大阪大学大学院工学研究科増原宏研究室から、1998年に東北大学大学院理学研究科有機物理化学研究室教授に着任。
小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、… 小林 眞(こばやし まこと、1950年5月14日 - )は、日本の政治家・元官僚。元青森県八戸市長(4期)。元八戸圏域水道企業団企業長。 青森県八戸市白銀町生まれ。八戸市立第二中学校、青森県立八戸高等学校、東北大学法学部卒業。1975年に青森県庁に入庁するが、1979年に改めて自治省に入省。1991年から埼玉県浦和市企画部長を務め、浦和・大宮・与野3市の合併に伴うさいたま市の政令指定都市への格上げを推進した。1997年に自治省に復職。2005年9月13日、総務省自治財政局財務調査官を最後に退官した。 2005年10月30日執行の八戸市長選挙に大島派無所属で立候補し、田名部派無所属現職の中村寿文を破り初当選。
赤坂 信(あかさか まこと、1950年 - )は、日本の園芸… 赤坂 信(あかさか まこと、1950年 - )は、日本の園芸学者。千葉大学大学院園芸学研究科・園芸学部教授。専門は風景計画学、都市緑地史。農学博士(京都大学)。八戸大使。
神 洋明(じん ひろあき、1949年4月8日 - )は、日本… 神 洋明(じん ひろあき、1949年4月8日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、法務省法制審議会刑事法部会幹事、東亜道路工業監査役等を歴任した。 1968年青森県立八戸高等学校卒業。1972年中央大学法学部卒業。1979年弁護士登録。法務省法制審議会刑事法部会幹事、警察大学校非常勤講師等を歴任。2003年東亜道路工業監査役。2014年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。 2019年春の叙勲で旭日中綬章を受章。同年中央大学法曹会会長。
山脇 直司(やまわき なおし、1949年3月26日 - )は… 山脇 直司(やまわき なおし、1949年3月26日 - )は、日本の哲学者。専門は公共哲学、社会思想史、ドイツ観念論など。星槎大学前学長、東京大学名誉教授、地球システム・倫理学会副会長日本共生科学会会長。 1949年、青森県八戸市生まれ。1967年に青森県立八戸高等学校を卒業後、一橋大学経済学部に進み、1972年に卒業。大学での指導教員は塩野谷祐一であった。上智大学大学院哲学研究科に進み、1975年に修士課程を修了。大学院での指導教員はルートヴィヒ・アルムブルスターとクラウス・リーゼンフーバーであった。1978年、旧西ドイツ・ミュンヘン大学に留学し、ローベルト・シュペーマンの下で学ぶ。1982年、同大学の哲学博士号を取得。
木村 洋二(きむら ようじ、1948年 - 2009年8月1… 木村 洋二(きむら ようじ、1948年 - 2009年8月19日)は、日本の社会学者。『笑い』が主要な研究テーマであった。青森県八戸市出身。関西大学社会学部教授。現役で逝去。 1948年、青森県上長苗代村(現・八戸市)生まれ。木村の談によれば、父は満州から引き揚げた獣医師で、よく自転車で馬や牛の往診に出かけていたという。 八戸市立三条小学校、三条中学校、青森県立八戸高校、京都大学文学部卒業、京都大学大学院修了。 専攻は理論社会学とコミュニケーション論で、『笑い』を研究テーマとし、その方面での著作や論文が多いことで知られた。『笑い』を研究テーマとしたのは、木村自身があるときに3時間笑い続けた際に、「これを統一した理論に出来ないか」と思いついたからだという。
梅内 恒夫(うめない つねお、1947年8月23日 - 生死… 梅内 恒夫(うめない つねお、1947年8月23日 - 生死不明)は、共産主義者同盟赤軍派の活動家。 1947年、青森県に生まれる。青森県立八戸高等学校卒業後、福島県立医科大学に入学。在学中に共産主義者同盟に加盟し、赤軍派の結成と同時に赤軍派のメンバーとなる。後に連合赤軍メンバーとなる植垣康博を赤軍派にオルグしたりしている。 梅内は爆弾製造を担当しており、考案した爆弾は俗に「梅内爆弾」と呼ばれるようになり、新左翼の爆弾闘争を飛躍させることになる。しかし、大菩薩峠事件の捜査で梅内の名前が浮上したことから、爆発物取締罰則違反で指名手配となった。その直後に地下に潜行した。手記で表された思想は、後に日本原住民論として結実し、反日テロが続発するきっかけとなった。
杉本 康雄(すぎもと やすお、1947年(昭和22年)2月2… 杉本 康雄(すぎもと やすお、1947年(昭和22年)2月27日 - )は、日本の実業家、銀行家。みちのく銀行(現・青森みちのく銀行)相談役、青森県レクリエーション協会代表理事会長、棟方志功記念館理事長。 青森県三沢市生まれ。青森県立八戸高等学校を経て、高崎経済大学経済学部を卒業。 1969年、弘前相互銀行(みちのく銀行→青森みちのく銀行)に入行。常務まで昇進するが、当時の大道寺小三郎会長との間で、新システム移行の件で確執が生じ、取締役支店長に降格となった。その後、みちのくユーシーカード(現・みちのくカード)の社長に転じたが、2005年の不祥事の頻発と業務改善命令の発動に伴い、ほぼ役員全員の辞職という事態になり、役員派遣を要請されたみずほFG側の懇請により、頭取として復帰した。
森越 康雄(もりこし やすお、1947年(昭和22年)-)は… 森越 康雄(もりこし やすお、1947年(昭和22年)-)は、日本の教育者。元日教組委員長。
大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和… 大島 理森(大嶌 理森、おおしま ただもり、1946年〈昭和21年〉9月6日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員。勲等は桐花大綬章。尾崎行雄記念財団会長、もくもく会名誉会長、横綱審議委員会委員長。 衆議院議長(第76・77代)、農林水産大臣(第33代)、文部大臣(第128代)、科学技術庁長官(第61代)、原子力委員会委員長(第61代)、環境庁長官(第32代)、内閣官房副長官(第2次海部内閣・第2次海部改造内閣)、衆議院議員(12期)、衆議院予算委員長、同議院運営委員長、青森県議会議員(2期)、自由民主党副総裁(第15代)、同幹事長(第48代)、同国会対策委員長(第45・49代)、同東日本大震災復興加速化本部長、同国会対策筆頭副委員長、同国会対策副委員長、同副幹事長、同青森県支部連合会会長を歴任した。
高橋 祐次郎(たかはし ゆうじろう、1945年3月7日 - … 高橋 祐次郎(たかはし ゆうじろう、1945年3月7日 - 1998年11月29日)は、日本のドイツ語翻訳家。音楽評論家。ボンヘッファー研究会に属し、キリスト教ジャーナリストとして活躍。編集者として『カラー版聖書大事典』『新教/タイムズ聖書歴史地図』を世に遺した。柳生直行、水谷昭夫などとも親交があった。
中村 隆司(なかむら りゅうじ、1945年1月25日 - 2… 中村 隆司(なかむら りゅうじ、1945年1月25日 - 2024年7月5日)は、日本の実業家。日清製粉代表取締役社長や、オリエンタル酵母工業代表取締役社長、製粉協会会長などを務めた。 青森県八戸市出身。青森県立八戸高等学校を経て、1967年東北大学経済学部卒業、日清製粉入社。製粉業務部長を経て、1995年取締役製粉業務部長に昇格。1996年から1998年まで製粉開発部長を兼務した。2000年常務取締役物流部長。2001年に日清製粉グループ本社が設立されると同社常務取締役及び日清製粉専務取締役に就任。2004年から日清製粉代表取締役社長を務め、2006年から2007年までは製粉協会会長を兼務した。
蔦林 淳望 は、日本の映画関係者。映画大日本帝国(1982年… 蔦林 淳望 は、日本の映画関係者。映画大日本帝国(1982年) - 助監督日本海大海戦 海ゆかば(1983年) - 助監督、製作主任麻雀放浪記(1984年) - 監督補天国の大罪(1992年) - 監督補テレビ二百三高地 愛は死にますか(1981年) - 助監督現代恐怖サスペンス「哀しき超能力」(1986年8月25日) - 監督仮面ライダーBLACK(1987年-1988年) - 監督仮面ライダーBLACK RX(1988年-1989年) - 監督
北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月… 北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。毎日新聞社社長、第15代横綱審議委員会委員長。 青森県出身。父は青森県知事を務めた北村正哉。青森県立八戸高等学校、東京大学法学部を卒業後、1965年(昭和40年)毎日新聞社に入社。 岡山、京都支局、大阪社会部、東京政治部、ボン支局長、東京本社外信部長、論説委員長を経て、1998年(平成10年)取締役・編集局長、00年常務・主筆、04年社長、08年会長。ほかに日本記者クラブ理事長、日本新聞協会会長、日本ユニセフ評議員、公益財団法人イオン環境財団の評議員も務めた。 現在は、毎日新聞社の名誉顧問、一般社団法人アジア調査会理事。
星加 ルミ子(ほしか ルミこ、1940年9月10日 - )は… 星加 ルミ子(ほしか ルミこ、1940年9月10日 - )は、日本の音楽評論家。北海道赤平市出身。1965年から1975年まで、音楽雑誌『ミュージック・ライフ』の編集長を務める。1965年に日本人ジャーナリスト初のビートルズとの単独会見を成功させた。ビートルズに最も近いジャーナリストとして知られている。 1940年9月10日、北海道札幌市に生まれ、赤平市で育つ。小学4年生の時に父親の転勤で、青森県八戸市に転居。6年生の時からFNSのアメリカのポピュラー・ソングを聴くようになり、青森県立八戸高等学校に通学していた16歳の時、エルヴィス・プレスリーの曲を聴いて衝撃を受ける。高校2年生の時に母親が死去。
中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4… 中村 寿文(中村 壽文、なかむら としふみ、1939年8月4日 - 2024年12月1日)は、日本の政治家。元青森県議会議員(7期)、元八戸市長(1期)。 父は衆議院議員で八戸市長を務めた中村拓道。青森県立八戸高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。東北電力、衆議院議員船田中秘書を務める。父の死後、1976年・1979年・1980年の衆議院選挙に立候補するが落選。1976年は七日会保守系無所属候補、1979年は新自由クラブ公認候補、1980年は西岡武夫の保守刷新会議系候補だった。 1983年の青森県議会議員選挙で八戸市から無所属で立候補し、トップ当選。以後5期青森県議を務める(そのうち4期はトップ当選)。
中島 淳一(なかじま じゅんいち、1938年6月18日 - … 中島 淳一(なかじま じゅんいち、1938年6月18日 - )は、青森県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 八戸高校では、3年生の時にエースとして1956年春の選抜に出場。選抜初出場で準決勝まで勝ち進むが、岐阜商の清沢忠彦に抑えられ敗退。同年夏の甲子園予選奥羽大会でも決勝に進むが、秋田高に惜敗、甲子園出場を逸する。高校同期に一塁手の福島孟男(近鉄)がいた。 1957年に西鉄ライオンズへ入団。1959年に一軍に上がり、翌1960年には先発陣の一角として8勝をあげる。しかしその後は故障もあって伸び悩み、1963年限りで引退した。 スライダー、カーブを武器とした。
中島 淳一(なかじま じゅんいち、1938年6月18日 - … 中島 淳一(なかじま じゅんいち、1938年6月18日 - )は、青森県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。