スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
長井 短(ながい みじか、1993年〈平成5年〉9月27日 … 長井 短(ながい みじか、1993年〈平成5年〉9月27日 - )は、日本のモデル、女優、作家、エッセイスト。 東京都府中市出身。キューブ所属。「演劇モデル」と称し、演劇活動と並行してモデルとしても活動する。夫は劇団ロロ(主宰・三浦直之)に所属する俳優の亀島一徳。 子供のころから背が高く、親類から「モデルになれば?」と勧められる一方で、幼少期に見た映画『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』をきっかけに役者を志し、都立豊多摩高校在学中より演劇活動を開始。高校卒業後は劇団半開きに所属して小劇場の舞台に立ち、「演劇だけじゃ絶対食べていけない」とアルバイトの面接を受けてことごとく落ち続ける中で、ECサイトのモデルオーディションに応募して落選するものの複数のモデル事務所より声を掛けられてバークインスタイルに所属。
堀井 拓馬(ほりい たくま、1987年2月17日 - )は、… 堀井 拓馬(ほりい たくま、1987年2月17日 - )は、日本のホラー作家。東京都出身、在住。 東京都立豊多摩高等学校、文京学院大学人間学部心理学科卒業。投稿作「なまづま」にて、角川書店の主催する第18回日本ホラー小説大賞の長編賞を受賞し、同作でデビュー。同作は「第3回SXNミステリー 闘うベストテン」においても第5位に選ばれた。近年では『早稲田文学』にも作品を寄稿するなど活動の幅を広げている。
山口 麻美(やまぐち まみ、1986年8月13日 - )は、… 山口 麻美(やまぐち まみ、1986年8月13日 - )は、東京都西東京市出身の元女子サッカー選手、サッカー指導者。元サッカー日本女子代表。現役時代のポジションはフォワードおよびミッドフィールダー。2007年に日本人初となる「ハーモン・トロフィー」(米大学年間最優秀選手)を受賞した。 兄がやっていた影響で4歳ころからサッカーを始め、FC明成・KSC(小平)、小平FCイレブンを経て、1999年、中学1年生のときに日テレ・メニーナに入団。東京都立豊多摩高等学校に進学した2002年から日テレ・ベレーザに昇格した。2シーズン目の2003年に18試合9得点の成績を残し、翌シーズン前半にも出場機会を得た。 2005年にベレーザを退団してフロリダ州立大学に留学、同大学の女子サッカー部に所属した。
本島 美和(もとじま みわ、1981年11月21日 - )は… 本島 美和(もとじま みわ、1981年11月21日 - )は、日本のバレリーナである。 東京都出身。東京都立豊多摩高等学校卒業。血液型:B型。身長:164cm。
吉田 大吾(よしだ だいご、1979年4月4日 - )は日本… 吉田 大吾(よしだ だいご、1979年4月4日 - )は日本のお笑い芸人である。POISON GIRL BANDのツッコミ(便乗ボケ)、主にネタ作り担当。 コンビでの出演はPOISON GIRL BANDを参照
ケネス 徳田(ケネス とくだ、Kenneth TOKUDA、… ケネス 徳田(ケネス とくだ、Kenneth TOKUDA、本名 徳田 信一(とくだ しんいち)、1976年7月22日 - )は、競技麻雀のプロ雀士。日本プロ麻雀連盟理事。 馬場裕一の立ち上げた麻雀企画会社バビロンの制作部部長を務める。 北海道生まれ。1994年に上智大学理工学部入学後に麻雀に出会う。2000年に上智大学大学院理工学研究科修了後、IT関係企業に就職。 2001年に日本プロ麻雀協会のプロテストに合格しプロ雀士となる。2002年に日本で行われた世界麻雀選手権で、アメリカチームの選手が足りなくなり、日本人離れした風貌の徳田がアメリカチームの助っ人で呼ばれる。この時初めて「ケネス徳田」を名乗り、以降麻雀関連の活動で「ケネス徳田」を名乗るようになった。
福田 洋介(ふくだ ようすけ、1975年4月19日 - )は… 福田 洋介(ふくだ ようすけ、1975年4月19日 - )は、日本の作曲家・編曲家・指揮者。東京都杉並区出身。 11歳の時に、コンピュータによる音楽製作を開始し、現在まで作編曲を独学で習得する。東京都立豊多摩高等学校在学中の1991年から作曲家としての活動を開始し、管弦楽、器楽、吹奏楽、演劇、舞踏、テレビ、映画など多くの分野にわたる創作を行っている。シエナ・ウインド・オーケストラ、東京佼成ウインドオーケストラ、自衛隊音楽隊、SEKAI NO OWARIなどの作編曲担当としても活動している。 2003年、『吹奏楽のための「風之舞」』で、第14回朝日作曲賞を受賞、翌年の全日本吹奏楽コンクール課題曲として全国のアマチュアバンドに演奏された。
恩田 えり(おんだ えり、1971年9月5日 - )は、落語… 恩田 えり(おんだ えり、1971年9月5日 - )は、落語協会に所属する寄席囃子奏者。血液型はO型、東京都中野区出身。本名:恩田 恵理。 中野区立第十一中学校、東京都立豊多摩高等学校、日本大学法学部卒業。 会社員として働いている時に海外へのホームステイを経て日本文化を知りたいと思い立ち、その中で出会った寄席に長い時間いたいと考えるようになる。会社で知り合いの落語家に相談したところ「女性はお囃子かお茶子か席亭」とアドバイスを受ける。長唄三味線を自主的に4年間稽古した後、2001年、国立劇場伝統芸能伝承者養成機関(寄席囃子コース)第11期入学。養成所の同期は松本優子(現:桂小すみ、落語芸術協会所属)。
大森 立嗣(おおもり たつし、1970年9月4日 - )は、… 大森 立嗣(おおもり たつし、1970年9月4日 - )は、日本の映画監督、俳優。 東京都生まれ。東京都立豊多摩高等学校、駒澤大学文学部社会学科卒業。 父親は舞踏家で「大駱駝艦」の創始者である麿赤兒、母は桃枝、弟は俳優の大森南朋、女優の小野ゆり子は義妹に当たる。父である麿赤兒、弟である南朋は常連俳優でもあり、たびたび出演している。 父親への意識から高校生までは表現活動をむしろ避けており、野球や空手に熱中していた。映画にもほとんど興味がなかったが、大学で偶然入った映画サークル『8ミリ同好会』に所属したことから映画に興味を持ち始め、自主映画を作り始める。大学卒業後は俳優として活動し、その後荒井晴彦監督、阪本順治監督、井筒和幸監督、ホンマタカシの短編映画など様々な作品で助監督を務める。
辻輝猛 (つじ てるたけ、1968年4月14日 - )は、日… 辻輝猛 (つじ てるたけ、1968年4月14日 - )は、日本の俳優。演劇制作舎「せんがわアクティー」代表。東京都出身。東京都立豊多摩高等学校卒業。身長178cm・体重70kg。 父親は俳優の辻萬長で、母は児童文学作家の辻邦、弟は俳優・ミュージシャンの辻敦尊。kitokito所属。 中学卒業後、高校も兼ねて文学座付属演劇研究所に28期生として入所。 1986年に映画「ブラックボード」の主役としてデビューする。文学座付属演劇研究所卒業後の1990年からはテレビドラマを中心に活動している。また、時代劇ドラマでは父とも何度か共演を果たしている。 特技は水泳・フットサル・乗馬・トランペット。趣味はバイクツーリングなど。
里 匠(さと たくみ、1968年3月7日 - )は、NHKの… 里 匠(さと たくみ、1968年3月7日 - )は、NHKのチーフアナウンサー、プロデューサー。 東京都立豊多摩高等学校を経て早稲田大学教育学部を卒業後、1992年入局。 アニメ好きで知られており『機動戦士ガンダム』や『装甲騎兵ボトムズ』などのロボットアニメ全般にも詳しい。このため、東京から転勤後もNHKのアニメ関連番組を担当することがあった。札幌局時代には「テルマエロマエ」の漫画家ヤマザキマリへのインタビュー番組でインタビュアーを務めた。 趣味はオートバイ旅行。新人の頃、共済会でお金を借りてバイクを購入した。 名前に関するエピソードもあり、取材などで知り合った人は最初は読み方を「さとしょう」と思っていただけでなく、名字しか出さないと思っていたという。
小平 桂子 アネット(こだいら けいこ アネット、本名:藤井… 小平 桂子 アネット(こだいら けいこ アネット、本名:藤井 桂子 アネット、ふじい けいこ アネット(旧姓:小平)、1966年9月12日 - )はスポーツジャーナリスト。 東京都出身。父親が日本人(天文学者の小平桂一)で母親がドイツ人(ドイツ語講師)のハーフ。姉がいる。幼少時代は父の仕事の関係でアメリカのロサンゼルス・ドイツのハイデルベルクでの生活で過ごす。帰国後からの少女時代(小学校入学 - 高校卒業)は日本で地元の公立校に通い、地域に密着した親しみ深い人柄を育んだ。高校時代のラグビー部マネージャーとしての経験は、その後の活動の原点ともなっている。卒業後、専門学校で社会福祉を学び、その後心と体のカウンセラー、エアロビクスインストラクター、通訳、翻訳など様々な仕事に従事する。
米川 英之(よねかわ ひでゆき、1964年3月3日 - )は… 米川 英之(よねかわ ひでゆき、1964年3月3日 - )は日本のギタリスト、ボーカリスト、ソングライター、アレンジャー。1984年、C-C-Bのギタリストとしてデビュー。C-C-Bが解散した翌年の1990年からソロ活動を開始した。東京都杉並区出身。 ソロ活動と並行して、BLUFFをはじめとするバンドや名うてのミュージシャンとのセッションユニットに多数参加。『独奏会』と銘打った単独での弾き語りライブも行っている(ギターだけに及ばず、時にキーボードやピアノを演奏することもある)。首都圏を中心にライブ活動の他、客演、スタジオミュージシャンとしても積極的に活動している。 C-C-Bのメンバーとの交流も続いており、度々ユニットを組んでライブを行っていた。
松村 美香(まつむら みか、1963年 - )は、日本の開発… 松村 美香(まつむら みか、1963年 - )は、日本の開発コンサルタント、小説家。元青年海外協力隊の隊員。『ロロ・ジョングランの歌声』で第1回城山三郎経済小説大賞を受賞。 東京都杉並区に生まれる。実家は印刷屋を営んでいた。東京都立豊多摩高等学校を経て、中央大学経済学部を卒業。大学在学中に、父親が脳卒中のため他界した。また大学在学中に、留学生の寄宿寮で寮運営のボランティアをしていた。村松によるとこの2つが後の人生に大きな影響を与えたと語っている。 大学卒業後、自動車販売買社に就職するが、青年海外協力隊に合格。職種は日本語教師で、派遣先はタイであった。 協力隊での活動後、アメリカ合衆国に4ヶ月間語学留学、その後、1990年に日本総合研究所に入所。
宮本 太郎(みやもと たろう、1958年7月13日 - )は… 宮本 太郎(みやもと たろう、1958年7月13日 - )は、日本の政治学者。博士(政治学)。中央大学法学部教授・北海道大学名誉教授。専攻は比較政治学、福祉政策論。とくに福祉政策および福祉国家の比較分析が研究テーマ。比較分析の主軸としてスウェーデンに注目してきた。最近は、欧州におけるソーシャル・インクルージョン政策の多様な展開に関心をもっている。 日本共産党中央委員会幹部会委員長・日本共産党中央委員会議長を歴任した宮本顕治は実父。 東京都出身。日本共産党書記長の宮本顕治と大森寿恵子(宮本顕治の前妻宮本百合子の元秘書)との間に長男として生まれた。志位和夫は、東京大学工学部在学中に家庭教師を務めたことがある。
梶原 康弘(かじわら やすひろ、1956年10月14日 - … 梶原 康弘(かじわら やすひろ、1956年10月14日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(2期)。 父は元参議院議員の梶原清。 兵庫県多紀郡(現丹波篠山市)出身。東京都立豊多摩高等学校を経て、早稲田大学第一文学部卒業後、10年間参議院議員の秘書を経験。その後、電器機械器具製造会社の経営に携わる。1990年、第39回衆議院議員総選挙に無所属で旧兵庫5区から立候補するも落選。また、1996年の第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で比例近畿ブロックに立候補するも落選した。2000年の第42回衆議院議員総選挙では自由党公認で兵庫5区から立候補するも落選。2003年の第43回衆議院議員総選挙で兵庫5区から民主党公認で立候補し、小選挙区では自由民主党の谷公一に敗れるが、比例近畿ブロックで復活し初当選。
萩本 友男(はぎもと ともお、1956年(昭和31年)7月2… 萩本 友男(はぎもと ともお、1956年(昭和31年)7月27日 - )は、日本の実業家、ライフプランナー。生え抜き初のソニー生命保険株式会社代表取締役社長。 東京都出身。東京都立豊多摩高等学校を経て、1980年日本大学芸術学部卒業、ミノルタカメラ販売入社。1994年ソニー生命保険にライフプランナーとして入社。1997年ソニー生命保険新宿第7支社長。2010年ソニー生命保険執行役員ライフプランナー営業本部長。同年ソニー生命保険執行役員常務。2012年ソニー生命保険執行役員専務。2014年ソニー生命保険取締役執行役員専務に昇格。2015年から生え抜き初のソニー生命保険代表取締役社長を務め、ライフプランナーの全国展開や、女性ライフプランナーの増員などを進めた。
黒田 福美(くろだ ふくみ、本名:同じ、1956年7月21日… 黒田 福美(くろだ ふくみ、本名:同じ、1956年7月21日 - )は、日本の女優、エッセイスト、翻訳家である。キャストパワー所属。2008年2月末まではアミューズに所属していた。東京都立豊多摩高等学校、桐朋学園芸術短期大学演劇学科卒業。趣味は旅行、写真、ヨガ、ヨット。 1977年、『夫婦ようそろ』でデビュー。同作の新人出演者募集に応じた4619人の中から山本みどり、三島由起子、牧野真理子、大塚良重、堀川あゆみとともに選ばれて起用された。 デビュー当初は時代劇の町娘役が多く、大役に恵まれずにいたが、鈴木武幸からオファーを受けて『電撃戦隊チェンジマン』に出演。当たり役を得る。 『春の波涛』出演時に伊丹十三と出会ったことで縁ができ、監督する映画作品に常連起用されることになる。
一志 治夫(いっし はるお、1956年6月10日 - )は、… 一志 治夫(いっし はるお、1956年6月10日 - )は、日本のノンフィクションライター。 長野県松本市生まれ。生後すぐの1957年より東京都三鷹市下連雀に転居し、三鷹市で育つ。1975年東京都立豊多摩高等学校卒。1977年早稲田大学教育学部社会科学専修入学。1978年高校時代の同級生、大学の同級生、体育の授業で一緒になった先輩らに声をかけ、学内ミニコミ誌「マイルストーン」を立ち上げる。その後、一志が声がけしたメンバーの友人らも参加し、同年創刊号を発刊。創刊メンバーの中には藤原昭広(元プレジデント社社長)、坪内祐三(評論家)、佐藤章(湖池屋社長)もいた。 在学中より執筆活動を始め、『月刊現代』記者に。
佐藤 卓(さとう たく、1955年 - )は、日本のグラフィ… 佐藤 卓(さとう たく、1955年 - )は、日本のグラフィックデザイナー。パッケージデザイン、グラフィックデザイン、アートディレクションを中心に活動する。東京都杉並区出身。TSDO Inc.主宰、21_21 DESIGN SIGHTディレクター・館長、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)六代目会長、京都芸術大学学長。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」のアートディレクター、「デザインあneo」総合指導。 東京ADC・東京TDC・JAGDA・日本デザインコミッティー・AGI会員。 1955年、東京都生まれ。練馬区立関町北小学校、練馬区立石神井西中学校、東京都立豊多摩高校(第26期生)卒業。御茶の水美術学院を経て、東京芸術大学に入学。
村田 興文(むらた おきふみ、1952年11月3日 - )は… 村田 興文(むらた おきふみ、1952年11月3日 - )は、日本の実業家。大阪府出身。Innerbrain株式会社代表取締役。シンジェンタジャパン株式会社元相談役・元取締役会長・代表取締役社長。 1971年、東京都立豊多摩高校卒業。1976年、上智大学理工学部化学科卒業。大学卒業後はモンサント日本法人に入社し、営業本部長や新規事業本部長を歴任。1997年、無機化学メーカーであるローム・アンド・ハース(英語版)の日本法人に入社し、アジア太平洋地域マーケッティング・研究開発本部長を歴任。2001年、シンジェンタ日本法人に入社し、取締役(クロップ・プロテクション営業本部長)に就任。2009年、同社代表取締役社長に就任。
君塚 栄治(きみづか えいじ、1952年〈昭和27年〉7月1… 君塚 栄治(きみづか えいじ、1952年〈昭和27年〉7月16日 - 2015年〈平成27年〉12月28日)は、日本の陸上自衛官。第33代陸上幕僚長。1等陸佐までの職種は野戦特科。自衛隊初の災統合任務部隊(JTF)指揮官・東北方面総監経験者初の陸上幕僚長。位階は従三位。 神奈川県相模原市出身。東京都立豊多摩高等学校卒業。防衛大学校(第20期)卒業後、陸上自衛隊に入隊。アメリカ陸軍上級砲兵学校、アメリカ陸軍指揮幕僚大学及び幹部レンジャー課程、空挺課程を修了。東北方面総監在任時に発生した東日本大震災においては自衛隊の統合運用史上最大となる10万人規模からなる陸海空の統合任務部隊(JTF-TH:Joint Task Force - Tohoku)の指揮官を務め、人命救助や被災地支援などの陣頭指揮にあたった(東日本大震災に対する自衛隊の対応)。
イッセー尾形(イッセーおがた、1952年〈昭和27年〉2月2… イッセー尾形(イッセーおがた、1952年〈昭和27年〉2月22日 - )は、日本の俳優、コメディアン。一人芝居のスタイルを確立した「日本における一人芝居の第一人者」と呼ばれる。 本名は尾形 一成(おがた かずしげ)。「一成」の名は宇垣一成に因むという。芸名の「イッセー」は、本名の音読みからつけたものである。 福岡県福岡市生まれ。父は保険会社のサラリーマンで転勤を繰り返し、まもなく北九州市小倉に移り、幼稚園から小学校1年まで長崎県佐世保市、その後また福岡市に戻り小学校3年の時、東京都杉並区に引越す。高校3年の時千葉県津田沼に移る。東京都立豊多摩高等学校卒業。 美術大学受験に失敗して浪人していた19歳の時に新宿の演劇養成所「アクターズスタジオ」に入る。
小松 久男(こまつ ひさお、1951年2月 - )は、日本の… 小松 久男(こまつ ひさお、1951年2月 - )は、日本の歴史学者、中央アジア史学者、東京大学名誉教授、東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授。 妻はオスマン帝国史研究者・筑波大学教授の小松香織。東京都出身。
橋本 眞幸(はしもと まゆき、1951年1月10日 - )は… 橋本 眞幸(はしもと まゆき、1951年1月10日 - )は、日本の実業家。三菱マテリアル代表取締役副社長や、SUMCO代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長兼最高経営責任者兼取締役会議長。 東京都杉並区出身。東京都立豊多摩高等学校を経て、横浜国立大学工学部卒業後、1976年東京工業大学理学部大学院材料工学修士課程修了、三菱金属(現三菱マテリアル)入社。シリコン事業室長や執行役員シリコン事業部長を務め、SUMCOの支援などにもあたった。2005年執行役員経営企画室長。2006年常務執行役員電子材料事業カンパニープレジデント。2007年代表取締役常務電子材料事業カンパニープレジデント。2011年代表取締役副社長。
金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学… 金井 貴嗣(かない たかじ、1951年 - )は、日本の法学者。専門は、独占禁止法・経済法。中央大学名誉教授。元日本経済法学会理事長(2011年-2017年) 東京生まれ。東京都立豊多摩高等学校、 中央大学法学部卒業。1989年中央大学教授に就任。横田正俊記念賞専攻委員。
翠川 敬基(みどりかわ けいき、1949年5月10日 - )… 翠川 敬基(みどりかわ けいき、1949年5月10日 - )は、日本のチェロ奏者。ジャズのベース奏者として出発したが、後に幼い頃から親しんでいたチェロに転じ、ジャズのみならず現代音楽などの領域でも活動している。 長野県長野市に生まれる。小学生の頃から、チェロのレッスンを受ける。東京都立豊多摩高等学校を経て、東京経済大学卒業。大学在学中の1969年から、ジャズ・ベーシストとして、新宿のジャズ喫茶などでの演奏活動を始める。 その後、チェロ奏者として活動するようになり、富樫雅彦 (ds) や佐藤允彦 (p) との共演や、様々なユニットへの参加を経て、1980年代以降は、片山広明 (g)、石塚俊明 (ds)、早川岳晴 (b) らとのグループ「緑化計画」に活動の軸を置く。
久下裕利(くげ ひろとし、1949年5月- )は、日本の国文… 久下裕利(くげ ひろとし、1949年5月- )は、日本の国文学者。昭和女子大学教授を歴任。本名・晴康。1990年より裕利を名のる。東京都生まれ。 東京都立豊多摩高等学校卒、早稲田大学大学院博士後期課程満期退学。昭和女子大学短期大学部文化創造学科教授、人間文化学部日本語日本文学科教授を経て、2017年3月をもって定年退職。 (特記なき時は裕利名義)
橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25… 橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25日 - 2019年〈平成31年〉1月29日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。 イラストで注目され、『桃尻娘』(1977年)で作家としてデビューすると博学や独特の文体を駆使し、古典の現代語訳、評論・戯曲など多才ぶりを発揮する。作品に『桃尻語訳 枕草子』(1987 - 1988年)、『蝶のゆくえ』(2004年)、『初夏の色』(2013年)などがある。 東京都杉並区の商家の息子に生まれる。1951年3歳の時に世田谷区に転居し、杉並区の小中学校を経て1963年東京都立豊多摩高等学校に入学。1966年に同校卒業後予備校に通う。 1967年、東京大学文科三類入学。
森巣 博(もりす ひろし、1948年 - )は、日本の作家、… 森巣 博(もりす ひろし、1948年 - )は、日本の作家、ギャンブラー。本名、鈴木博。自らの約25年間に及ぶカジノでのギャンブル体験とそこでの人間観察をもとに書かれた小説やエッセイを書く事で知られる。 石川県金沢市生まれ。1966年都立豊多摩高校卒業後、漫画雑誌編集者や記者を経て、ヒッピーに憧れを抱き1971年競輪でつくった資金をもとに渡米、1973年帰国。イギリス人の妻と結婚して1975年英国移住。主夫として子育てをしつつカジノで生活費を稼ぐ。博士号取得後にオーストラリアの大学に赴任した妻とともに移住。現在はオーストラリアを本拠地に執筆活動を行っている。 ギャンブルの中では牌九(パイガオ)と呼ばれる種目を中心に据えている。
曽田 博久(そだ ひろひさ、1947年10月23日 - )は… 曽田 博久(そだ ひろひさ、1947年10月23日 - )は、日本の映画・テレビドラマ作品の脚本家、小説家。特にスーパー戦隊シリーズでは参加17作品、メインライター担当9作品、執筆本数399本はいずれもシリーズの最多記録である。 島根県簸川郡大社町(現:出雲市)出身、在住。横浜国立大学工学部中退。 大学時代は新左翼の活動家だったが内ゲバの激化に嫌気がさして、学校に通うのも嫌になり、「宮大工になるか、古美術商を目指すか、それとも陶芸家を目指そうか」と進路を迷っていた。そんな時に立ち寄った本屋でたまたま月刊誌『シナリオ』を手にとり、「これなら書けそう」と“勘違い”して、シナリオライターになることを決意。
堀本 惠美子(ほりもと えみこ、1947年 - )は、日本の… 堀本 惠美子(ほりもと えみこ、1947年 - )は、日本の美術家。東京都生まれ。東京都立豊多摩高等学校、東京女子大学短期大学部教養科卒業、武蔵野美術学園修了、日本美術家連盟会員、国際平和展日本事務局代表、東京Ⅲゾンタクラブ会員。 1980年より国内外の美術館・百貨店(三越・髙島屋・小田急デパート・丸善・阪急・松坂屋他)・ギャラリーなどの個展開催は110回以上。 1982年日仏現代美術展(パリ)、1991年サージマルジス賞受賞展(ニューヨーク)、2002年~2003年フランス・パリ及びナントで個展。コソボへ行くきっかけとなる。 2003年~2005年日本人として初めて、国連軍主催で、コソボ(旧ユーゴスラビア)の主要3大都市において「コソボ国際平和展“宇宙の愛のメッセージ”堀本惠美子展」を開催。
上原 治也(うえはら はるや、1946年(昭和21年)7月2… 上原 治也(うえはら はるや、1946年(昭和21年)7月25日 - )は、日本の銀行家。東京都出身。三菱UFJ信託銀行株式会社最高顧問・元代表取締役会長・代表取締役社長。株式会社三菱東京フィナンシャル・グループ元代表取締役会長。株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ元代表取締役副会長。一般社団法人全国銀行協会元副会長。一般社団法人信託協会元会長。 東京都出身。1969年上智大学経済学部経営学科を卒業後、同年4月三菱信託銀行株式会社に入行。1992年ニューヨーク支店副支店長、1993年資金為替部長、1996年取締役資金為替部長、1997年取締役資金企画運用部長、1998年常務取締役資金企画運用部長、同年7月常務取締役 受託財産運用部門担当、2001年専務取締役 総務部・人事部・社員相談室・審査部・国際事務管理部担当、2002年取締役副社長 統括補佐・人事部・審査部・個人業務推進部・投資商品部・法人業務部・国際事務管理部担当、2004年取締役社長、同年6月株式会社三菱東京フィナンシャル・グループ取締役会長、2005年三菱UFJ信託銀行株式会社取締役社長、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役副会長、2008年三菱UFJ信託銀行取締役会長、2012年同行最高顧問。
堀越 謙三(ほりこし けんぞう、1945年 - 2025年6… 堀越 謙三(ほりこし けんぞう、1945年 - 2025年6月19日)は、日本の映画プロデューサー。映画製作配給興行会社ユーロスペース代表。東京藝術大学名誉教授。開志専門職大学 アニメ・マンガ学部教授(2021年 - )。レオス・カラックス監督とのコラボレーションで知られている。 1967年早稲田大学第一文学部独逸文学専修を卒業して渡独。1970年にマインツ市で会員制旅行代理店「欧日協会」を友人と創業。1971年マインツ大学ドイツ文学科修士課程を中退して帰国。 1976年に、カンヌでの上映前にミュンヘンで「さすらい」を見て、ヴィム・ヴェンダースに電話し、会い、「(この映画を)日本で上映したい」と申し入れる。
松橋 登(まつはし のぼる、1944年〈昭和19年〉11月3… 松橋 登(まつはし のぼる、1944年〈昭和19年〉11月3日 - )は、日本の俳優、声優。本名は同じ。 千葉県市川市出身。上智大学外国語学部フランス語科中退。いむらプロ、宮前寿美子事務所、アルファエージェンシーを経て、町田英子事務所に所属。 大学中退後、1967年に劇団四季に入団、同劇団のホープとして『ハムレット』『白痴』などで主役を演じ注目を浴びる。1970年には松竹の『青春大全集』で吉永小百合の相手役に抜擢されて映画界にも進出。 以降も繊細な個性を持つ美形俳優として、テレビドラマにも活躍の場を広げるが、単なる二枚目役に収まらず、その甘いマスクの内面に潜む狂気を体現したようなエキセントリックな演技でも多くの実績を残している。
小沢 直平(おざわ なおへい、1943年8月4日 - )は、… 小沢 直平(おざわ なおへい、1943年8月4日 - )は、日本の俳優。大判社所属。 本名、旧芸名:小沢 直好。別名:おざわ なおへい。 身長168.5cm。体重60kg。血液型O型。 東京都杉並区出身。東京都立豊多摩高等学校、山野美容専門学校卒。 1956年3月、劇団ひまわりに入団し、1964年10月に退団。その後は日芸企画に所属していた。現在は東京吉祥寺で剪画教室を経営。 美容師免許取得。趣味は絵画、版画。特技は剪画、落語。
中西 又三(なかにし ゆうぞう、1942年8月 - )は、日… 中西 又三(なかにし ゆうぞう、1942年8月 - )は、日本の法学者、専門は行政法。とりわけ、公務員法に造詣が深い。中央大学名誉教授。 行政法一般及び公務員法 『テキストブック行政法』(有斐閣、1994年)
松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、… 松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、日本の翻訳家、演劇評論家。東京医科歯科大学名誉教授。国際演劇評論家協会会員。 イギリス文学戯曲の他、小説や評論の翻訳を手がける。シェイクスピア全作の新訳に取り組んでおり、彩の国さいたま芸術劇場での彩の国シェイクスピア・シリーズ企画委員のひとり。2021年にシェイクスピアの戯曲の完訳を達成した。 第2回湯浅芳子賞、第58回日本翻訳文化賞、第75回毎日出版文化賞企画部門受賞。 テレビドラマや映画の英語翻訳家だった額田やえ子は義理の従姉にあたる。 満洲国新京生まれ。父親の前野茂は満洲国の高官(司法部と文教部の次長)だった。長春市から通化市に移って居住し、通化事件と思われる大量遺体遺棄の現場を目撃する。
中原 茂明(なかはら しげあき、1941年6月28日 - )… 中原 茂明(なかはら しげあき、1941年6月28日 - )は日本の実業家。トクヤマ代表取締役社長や、同社取締役会長、塩ビ工業・環境協会会長、日本ソーダ工業会会長などを務めた。 東京都出身。東京都立豊多摩高等学校を経て、1966年一橋大学商学部卒業、徳山曹達(現トクヤマ)入社、計数課配属。東京支店調査課、ソーダ薬品営業企画課、化学品営業企画課を経て、1970年東京支店購買課課長代理。1972年総合企画室主席。1988年IRIS本部主席兼広報室主席。1989年広報室長兼IRIS本部部長。1991年化成品企画グループリーダー兼IRIS本部部長。1995年取締役化成品事業部長。2000年常務取締役化成品事業部長、各支店管掌。
倉持 隆夫(くらもち たかお 1941年1月2日 - )は、… 倉持 隆夫(くらもち たかお 1941年1月2日 - )は、日本テレビ放送網の元アナウンサー。 東京都三鷹市出身。東京都立豊多摩高等学校、早稲田大学法学部卒業。早大在籍時には笹沢左保の書生を務めている。1964年4月、アナウンサーとして日本テレビに入社。徳光和夫の薦めで『全日本プロレス中継』の実況アナウンサーの一員となる。特に1976年頃からは清水一郎、徳光の後を受けたメインアナウンサーとなる。ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、ミル・マスカラス、ザ・ファンクスらの数々の名勝負を18年間にわたり実況。独特の「倉持節」でプロレスファンを熱狂させ、1990年の実況最後の日には試合会場でウェーブが沸き起こるほどの支持を得た。
西田 美昭(にしだ よしあき、1940年10月29日 - 2… 西田 美昭(にしだ よしあき、1940年10月29日 - 2012年10月19日)は、日本の歴史学者。専門は日本経済史。東京大学名誉教授。東京大学社会科学研究所教授・オックスフォード大学客員教授・ミラノ大学客員教授等を歴任。 東京都出身。東京都立豊多摩高等学校を経て1964年横浜国立大学経済学部卒業、1966年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1969年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学での指導教官は古島敏雄と永原慶二。永原とともに山梨の農村調査に行き、共同研究論文「日本地主制の構成と段階」を著す。1969年一橋大学経済学部助手(特別研究員)就任。労働組合活動に力をいれ、指導教官の永原らから注意を受ける。
高梨 敬一郎(たかなし けいいちろう、1940年9月28日 … 高梨 敬一郎(たかなし けいいちろう、1940年9月28日 - 2021年7月15日)は、元NHKアナウンサー。元関西国際大学教授。東京都出身。 上智大学文学部新聞学科卒業。 1963年(昭和38年)、NHK入局。 松山→福岡→静岡→仙台(1982年から)などを歴任。 NHKの報道アナウンサーとして公害問題に特に力を入れた取材を展開した。1995年のNHK大阪放送局勤務を最後に退職。その後関西国際大学・経営学部で教授に就任し、話し言葉についての講義を行うほか、各地で講演活動も行っていた。また、1996年から1997年には関西発ラジオ深夜便のアンカーも担当した。 学生時代からの趣味は、高校生の時に時刻表で高梨駅(魚沼線、1984年廃止)を見つけてそこに出かけて行ったのがきっかけで始めた鉄道旅行で、特に特急や急行を使わずに乗っていくのを好んだ。
加藤 みどり(かとう みどり、1939年〈昭和14年〉11月… 加藤 みどり(かとう みどり、1939年〈昭和14年〉11月15日 - )は、日本の声優、女優、ナレーター。東京府(現:東京都)出身。本名:伊藤 みどり(いとう みどり)。旧姓:加藤。 テレビアニメ『サザエさん』の主人公・サザエ役や、ドキュメンタリー・バラエティ番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』におけるナレーションなどの仕事で知られる。 1939年、東京府(現在の東京都)に生まれる。 東京都立豊多摩高等学校卒業後、松竹歌劇団(SKD)の団員養成所・松竹音楽舞踊学校に13期生として入学。本来は水谷八重子に憧れ新派の女優を志しており、そのために必要な芸事が「いっぺんに安く教われる」と見込んでのことだった。
辺見 じゅん(へんみ じゅん、本名:清水 眞弓(しみず まゆ… 辺見 じゅん(へんみ じゅん、本名:清水 眞弓(しみず まゆみ、旧姓:角川、邊見)、1939年(昭和14年)7月26日 - 2011年(平成23年)9月21日)は、日本の歌人・ノンフィクション作家。二人の娘がいる。 私小説風から童話・詩歌まで幅広い作品を手がける。ノンフィクションにおいては、丹念な聞き取りを元に構成されているとして評価が高い。私小説風作品においては、複雑な家庭環境を元に冷静で批判的に家族を捉える反面、親子の愛情について細やかに描写されている。 父の友人曰く伯父をモデルとした安一は5回離婚したが伯父が離婚したのは4回とコメントしている。 実母・富美子は花冷えの作中の母親が不倫をするくだりと夫婦喧嘩をしてヒステリーをおこす場面を読み「なぜ、実の娘がこんな見てきたような嘘を書くのか、私には分かりません。
古沢 煕一郎(ふるさわ きいちろう、1939年3月12日 -… 古沢 煕一郎(ふるさわ きいちろう、1939年3月12日 - )は日本の実業家。中央三井信託銀行初代社長や、三井トラスト・ホールディングス会長兼社長、中央三井トラスト・ホールディングス会長を歴任。社団法人信託協会会長、東芝取締役報酬委員会委員長等も務めた。 三重県で生まれ、幼少期を過ごした。東京都立豊多摩高等学校を経て、1962年一橋大学社会学部卒業。同年三井信託銀行入行。 企画・融資部門を長く歩み、1991年三井信託銀行取締役、1998年同副社長、1999年同社長。中央信託銀行との合併にあたった。 2000年、三井信託銀行と中央信託銀行が合併して誕生した中央三井信託銀行の初代社長に就任。中央信託銀行が存続会社であったため、当初は会長に就任予定だったものの、会長空席のまま、社長に就任した。
酒井 道夫(さかい みちお、1939年 - )は、編集者。武… 酒井 道夫(さかい みちお、1939年 - )は、編集者。武蔵野美術大学名誉教授。専攻は、デザイン論、印刷文化論、編集計画など。日本生活学会員、日本出版学会員。 東京都世田谷区出身。父親は学者でもあった酒井勝郎。5才から15才までの間は疎開を含めて、島根県八束郡本庄村および松江市、静岡県磐田市、東京都中野区で育った。 1959年、東京都立豊多摩高等学校卒業。1965年、早稲田大学第二文学部美術専修卒業。 1960年から雑誌編集に携わる(『ニューインテリア』『近代建築』『ディテール』など)。 学園紛争の末期の1970年秋に高見堅志郎と橋本梁司から招聘され、『建築文化』(彰国社)の編集者を辞めて武蔵野美術大学短期大学部生活デザイン科の専任講師に就任。
大田 朱美(おおた あけみ、1938年1月5日 - )は、日… 大田 朱美(おおた あけみ、1938年1月5日 - )は、日本の元アニメーター。本名は宮﨑 朱美(みやざき あけみ)。公益財団法人トトロのふるさと基金評議員。結婚後に出版された書籍などでは宮崎 朱美(みやざき あけみ)名義を用いることもある。 財団法人トトロのふるさと財団の理事などを歴任した。 夫はアニメ映画監督の宮崎駿、長男に同じくアニメ映画監督になった宮﨑吾朗、次男に版画家の宮﨑敬介がいる。 父は版画家の大田耕士で、師匠の恩地孝四郎や平塚運一と共に「日本教育版画協会」を創立している。また、姉の園叡(園サトル、大田サトル)は女性アニメーターの草分けとして、持永只仁の人形映画製作所やスタジオ・ノーヴァなどで人形アニメーション作品を手がけた。
杉山 卓(すぎやま たく、1937年5月8日 - )は、日本… 杉山 卓(すぎやま たく、1937年5月8日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家、アニメ監督。造形表現研究所所長及びタクプロダクション代表(株式会社デック)。京都アニメーション共同創業者の八田陽子(旧姓: 杉山)は実妹。2019年現在は静岡県浜松市北区に在住。妻も東映動画の元アニメーター(入社は杉山より3年後)である。 東京府(後の東京都)出身。太平洋戦争末期は山形県に疎開していた。東京都立豊多摩高等学校卒業。高校時代は山岳部に所属していた。宮崎駿夫人となる大田朱美とは中学高校で同窓だったという。 1956年5月、浪人生として東京芸術大学油絵科を目指していた時に、新聞に載った東映動画の募集広告を見た姉の勧めで採用申込に応じ、東映動画(現・東映アニメーション)に1期生として入社する。
鈴木 功(すずき いさお、1937年 - )は、日本の録音技… 鈴木 功(すずき いさお、1937年 - )は、日本の録音技師。神奈川県出身。日本映画テレビ録音協会会員。1980年より山田洋次監督「男はつらいよ」シリーズの録音技師となる。 1937年、神奈川県に生まれる。1956年に松竹に入社し、松竹大船撮影所で録音助手となる。
黛 哲郎(まゆずみ てつろう、1936年7月2日 - 199… 黛 哲郎(まゆずみ てつろう、1936年7月2日 - 1993年7月21日)は、日本の文学・音楽・映画・演劇評論家、元朝日新聞東京本社学芸部編集委員。 神奈川県横浜市出身。東京都立豊多摩高等学校、早稲田大学文学部卒業後、朝日新聞社入社。学芸部に所属し、文学・音楽・映画・演劇に関する評論を執筆した。その後は学芸部編集委員を務めた。 没後、朝日新聞などに掲載された評論を集成した『学芸記者〈哲〉コレクション文学と音楽のあいだ』が河出書房新社より刊行された。 安部公房をはじめ、安岡章太郎、丸谷才一、武満徹、大江健三郎、山崎正和などの作家・作曲家との親交があった。 作曲家の黛敏郎は兄であり、NHKエンタープライズ所属のドラマ番組ディレクターの黛りんたろうは甥である。