田村 秀吉(たむら ひできち、1895年(明治28年)4月25日 - 1955年(昭和30年)10月9日)は、日本の衆議院議員(立憲民政党)、大蔵参与官。弁護士。 徳島県那賀郡新野村(現在の阿南市)出身。1923年(大正12年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、高等文官試験行政科・司法科に合格した。内務省に入り、青森県や復興局に勤務した。その後、東京帝国大学大学院で学び、政策研究会(のち大東亜研究所)を創設。1933年(昭和8年)から弁護士を開業した。 1936年(昭和11年)、第19回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第20回、第21回でも再選された。その間、小磯内閣で大蔵参与官を務めた。戦後の1946年(昭和21年)、大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となった。
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