土屋 耕二(つちや こうじ、1891年(明治24年)1月4日 - 1947年(昭和22年)10月11日)は、日本の内務官僚。印刷局長。 千葉県夷隅郡長者町(現在のいすみ市)出身。1915年(大正4年)10月、文官高等試験に合格し、翌年に東京帝国大学法科大学独法科を卒業した。北海道庁理事官、広島県理事官、広島県書記官・学務部長、石川県書記官・警察部長、長野県書記官・警察部長を歴任。 1928年(昭和3年)、内閣印刷局書記官・総務部長に転じ、1936年(昭和11年)には内閣印刷局長に就任した。1943年(昭和18年)に内閣印刷局は大蔵省印刷局に改組されたが、引き続き局長を務めた。退官後は日本銀行監事を務めたが、戦後に公職追放となった。
出典:ウィキペディア「土屋耕二」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
