坪野 米男(つぼの よねお、1920年(大正9年)7月4日 – 2008年(平成20年)8月16日)は、昭和から平成期の弁護士、政治家。衆議院議員。 大阪府大阪市出身。第三高等学校を経て、1943年(昭和18年)東京帝国大学法学部を卒業。厚生省に入省し大臣官房属となる。同年7月、高等試験行政科試験に合格。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、同年9月、海軍経理学校に入学し、1944年(昭和19年)3月に卒業して海軍主計中尉に任官。1945年(昭和20年)3月、海軍主計大尉に昇進して終戦を迎えた。 1948年(昭和23)に退官して、弁護士、税理士を開業。京都市人権擁護委員、国民救援会京都府連副会長を務めた。
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